まだ脆弱な文化を繋ぐときは「いま」 | ジョブスケの人生全力疾走

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 人の使命とは何でしょうか。僕は「繋ぐこと」だと思っています。自分の子供がいない人はいるかと思いますが、親の居ない人はいません。(生物学的に、です)両親が居るからこそ自分はそこに存在しているわけで、片方だけでは成立しません。

 

 

 さらにもう少し視点を広げてみると、それだけでは存在出来ない事に気づきます。同じ事が、自分の親にも当てはまるからです。それぞれの両親にもやはり両親が必要であり、そのまた両親にも同じように両親が必要です。

 

 

 それをずっと辿っていくと、ご先祖さまに行き着くのだと思いますが、その存在というのは、もう誰なのかわからないくらいになっているはずです。記録がないという事もありますが、生物の起源にまで遡ってしまう事になるからです。

 

 

 現在よりもずっと厳しい環境でも、一度としてそのルーツが途絶えた事がないからこそ、いま自分がここに存在出来るのだと思います。

 

 

そういう意味で、僕の使命というのは「繋ぐこと」だと考えています。

 

 

 しかし、繋ぐというのは、子供を産み育てるということでしょうか。確かに、その意味もある事は間違いありませんが、それだけではなないと思います。

 

 

僕が考える「繋ぐ」というのは、「次の世代に繋ぐ&伝える」も含まれています。

 

 

 もう少し言い方を変えるならば、「伝統を受け継ぎ次の世代に伝える」「文化を守り次世代に伝える」になると思います。

 

 

 わかりやすいのは、「伝統芸能」や「伝統工芸」ではないでしょうか。例えば、「歌舞伎」を考えてみましょう。日本の伝統芸能として、今でもその技術や名前を受け継ぎながら、これまでに多くの演目が公演されています。また、時代に合わせて新しい事にも挑戦しており、「スーパー歌舞伎ワンピース」は、そのギャップで世間を驚かせたのではないでしょうか。

 

 

 スーパー歌舞伎ワンピースも、「歌舞伎」という伝統芸能を守り続ける人々がいたからこそ可能になったのであって、もし途中で途絶えていたのなら、実現しなかった事でしょう。

 

 

 また、衣装も同じ事が言えます。現代に生きる私たちは、ほとんど和装をしません。しかし、歌舞伎は伝統芸能ですから、それを支える「伝統工芸」も必要になってきます。資料が残っていれば復元も可能なのでしようが、それが本来の形になるのかはわかりません。

 

 

 初代ウルトラマンにおいて、変身するとウルトラマンが拡大する演出があっと思います。子供の頃、「カッコイイなぁ」と思いながら見ていたものですが、実はあの演出、どうやって作ったのかわからないそうです。

 

 

 現在ならコンピュータで簡単に作ってしまうと思いますが、当時はそんなものはありません。いわゆる「特撮の技術」だけで作ったわけですが、作り方は不明なのだそうです。

 

 

 もしたら、そのあと判明したのかしれませんが、未だにわからないのであれば、それは「失われた技術」と言って良いと思います。

 

 

 何事もそうですが、一度失われたものというのは、取り戻すのに時間がかかり、最悪はそのまま取り戻せない事も少なくないのではないでしょうか。

 

 

 かつて、町中には多くのゲームセンターがありました。また、スーパーマーケットや書店の一角には、ちよっとしたゲームコーナーがありました。そして、駄菓子屋の店先にはゲームが置いてありました。

 

 

 ここまで町中にゲームが溢れていたのは、格闘ゲームの金字塔「ストリートファイターⅡ」の大ヒットが大きく関わっているのは間違いないと思いますが、ゲームを手軽に遊べる環境があったからこそ、多くのリピーターが付き、メーカーもゲームをリリースしてきました。

 

 

 そして、2018年。環境は大きく変わりました。ゲームはスマホで遊ぶ事が当たり前となり、家庭用ゲーム機は高性能になりました。手軽さではスマホゲームに軍配が上がり、ゲームセンターのゲームは、家で遊ぶ事が出来るようになりました。わざわざゲームセンターに行く必要がなくなったのです。

 

 

 そのため、大手ゲームメーカーは生き残りをかけ、ゲームセンターでなければ遊べないゲームを投入してきました。わかりやすいのは、専用筐体化とネットワークへの対応です。

 

 

 専用筐体というのは、「ドライブゲーム」をイメージしてもらうとわかりやすいです。これをもう少し噛み砕くと「操作体系の専用化」ということになり、普通のゲームコントローラーでも遊べないことはないけれど、ハンドルの方がより臨場感があって楽しめるという事です。

 

 

 また、ネットワークへの対応は、定期的にゲームのバージョンを上げる事で、飽きさせないという効果が期待できます。ドライブゲームなら、コースを増やしたり、使える車種を増やすといった感じです。さらに、通信対戦出来るのも大きな特徴です。

 

 

 これらの変化は、ゲームセンターにおけるゲームの進化と言えると思いますが、同時に、コストがかかるという問題も抱えました。大きなゲームセンターならそれも導入出来ますが、小さなゲームセンターでは広さ的にも資金的にも難しいと思います。

 

 

 その結果、昔ながらのゲームセンターは、閉店に追い込まれています。恐らく、全国的に、新規で開店しているお店よりも、閉店しているお店の方が多いのではないでしょうか。

ゲームセンターとは、もちろんゲームをするところですが、それ以外に、コミュニケーションを図る場所でもあると思います。

 

 

 同じゲームを遊んでいるもの同士、親近感もわき、話しかける事もあると思います。また、話をしなかったとしても、お互いよく見る顔なので、意識はするのではないでしょうか。

 

 

 そのコミュニケーションの場が次々と失われていく中で、先日、あるブログの書き込みを見つけました。

 

 

「ゲーセンカーで全国巡業するプロジェクト」

 

 

 簡単に言うと、クラウドファンディングで集めたお金で、ゲームを積み込んだゲーセンカーを作り、それで全国を巡業するというプロジェクトでした。

 

 

 このプロジェクトの概要を見たとき、僕は「かつてのゲームセンターが持っていたものを、移動出来るゲームセンターという箱で実現しようとしている」ように感じました。

 

 

 確かに、お店を持つよりは維持費がかからず、しかも場所を変える事が出来るので、現状を打破する方法の一つとして良いのではないかと、僕は感銘を受けました。

 

 

 しかし、クラウドファンディングという事で、まだ実現できるほどの資金は集まっておらず、先が見えていません。(20186月現在)

 

 

 ですが、今ならまだ手を打てると思うのです。まだ全てが途絶えておらず、繋ぐことが可能だと思うのです。そして、繋ぐこと事が出来るのは、「いま生きているひと」だけなのです。

 

 

 ビートルズが大ヒットした時も、新しい音楽を歓迎する一方で、ガチャガチャ騒がしいだけという批判もあったと聞きます。

 

 

 今なら当たり前に読んでいる小説作品も、昔は「作家の創作話であり、事実ではないウソ」として、有害図書になった事もあったそうです。

 

 

 しかし、現在はどちらも多くの人に認められているのではないでしょうか。一つの文化として定着&認められるには、受け手側の共通認識と価値観になる事が必要になるため、そりなれの時間がかかるのではないかと思います。その過程の中で、無くなってしまったら終わりなのです。

 

 

 日本に、ゲームセンターの基礎を作ったと言っても過言ではない「スペースインベーダー」が誕生して、まだ40年しか経っていません。映画など、他の娯楽文化と比べれば、まだまだ短いと思います。

 

 

 本当の文化にするために、そして、次の世代に繋ぐために、最前線にいる人たちを僕なりの方法で応援したいと思います。