「77歳が書いたライトノベル」
いつものようにSNSを見ていたら、こんな見出しが飛び込んできました。
77歳でライトノベル?
ライトノベルといえば、僕のイメージでは若年層、特に学生が読んでいる印象があります。僕が学生の時にはライトノベルという言葉自体ありませんでしたが、スニーカー文庫などがその代替の言葉になると思います。
大手出版社がアニメやゲームが好きな層をターゲットにして、表紙の絵や本文中の挿絵などに人気イラストレーターを起用し、敷居を低くした事が大きな特徴です。さらに、ハードカバーではなく文庫本にする事で価格を抑え、学生のお小遣いでも購入しやすくしていました。そして、ここで人気が出たものは、そのままアニメ化する事でさらに盛り上がりを見せていました。その手法は、ライトノベルの時代となった現在でも続いています。
ドラえもんや名探偵コナンといった、日中に放送しているアニメとは対極にある「深夜アニメ」は、ライトノベルが原作である事が多いです。文章も難しい言葉を可能な限り排除し、読みやすさを重要視しています。それに伴い書き手も若い人が多く、小説家への登竜門の役目も果たしてるのではないでしょうか。
そんなライトノベルを、77歳が書いた?
物凄く違和感がありました。記事を読み進めてみると、作者の名前が出てきました。
「筒井康隆」
つついやすたか?
最初は何気なくそのまま読みましたが、改めて読み返して自分の目を疑いました。ご存知の方も多いと思いますが、筒井康隆といえば、あの名作「時をかける少女」の原作者です。ある程度の年齢の方は実写映画を思い浮かべると思いますが、若い人はアニメを思い浮かべるのではないでしょうか。これまでに、何度もリメイクされている時代を超えた名作です。その筒井康隆が書いたライトノベルと聞いて、読みたくないわけがありません。
会社帰りに何軒か本屋に行ってみたもののどこにも置いておらず、結局取り寄せる事になりました。
そして、待つこと3日。ついに対面を果たしました。かわいらしい女子高生が描かれた表紙。それもそのはず、ライトノベルが好きな人ならば知らない人はいない、あの「涼宮ハルヒの憂鬱」の絵師「いとうのいぢ」が担当しています。表紙を見た限りでは、とても筒井康隆が書いたとは思えません。さらに、表紙にはこう書いてあります。
「ビアンカ・オーバースタディ」
このライトノベルのタイトルです。ビアンカとは、この表紙の女子高生の名前なのだろうと推測出来ます。早速、いいようのない期待と不安を胸に表紙をめくり、目次を見てみました。
内容は全部で5章に分かれていましたが、いきなり度肝を抜かれました。全てのサブタイトルに、ある単語が使われていたのです。その単語というのが、成人男性なら多くの人が知っており、成人女性の方では知らない人が多いのではないかと思われるものでした。
さらに言うと、日常生活の中ではほぼ聞かない単語です。この本のメインターゲットを考えたとき、学生を含めた若い人たちだと思うので、まだ知らない読者が多いと思いますが、知らない、わからない事は、スマホですぐに調べる事が出来ます。意味を知った瞬間、みるみるうちに顔が赤くなるのが想像出来ます。あえてわかりにくい単語でオブラートに包み、しかも堂々と目次で使うなんて、筒井先生も人が悪いです。
気を取り直し、改めて本文を読み始めました。物語は、表紙の美少女「ビアンカ」が校内を歩いているところから始まります。あまりにもありふれた、学生であればお馴染みの風景です。あえて悪く言うならば、退屈な日常という事になります。
そんな何でもないところからスタートした物語ですが、気がつくと、一気に読み終えていました。改めて時計を見ると、3時間弱が経過していました。ページ数を確認すると200ページ弱なので、それくらいかと自分で納得しましたが、完全に本の世界に没頭していました。いつの間にか、最初の静かな滑り出しが嘘のようなドタバタ活劇になっていたのです。
そして、疲れている自分に気付いたとき、それはまさに、一つの冒険を終えた後のような爽快感がありました。ストーリーの骨格は、日常を舞台にしたSFなので、大きく間違ってはいないと思います。
考えてみると「時をかける少女」もSFであり、非日常的な物語は筒井康隆の真骨頂と言えるのかもしれません。この時代に時をかける少女を書くならば、これくらいの事はするよ、というメッセージが込められている気がしました。
後日、ネットにこの作品のあとがきが掲載されている事を知り、早速読んでみました。僕なりに要約するとこんな感じです。
「ライトノベルは読者が多いので、その何分の一かの読者を、わが本来の作品に誘導したい」
僕はまだ、原作の「時をかける少女」を読んだ事がありません。この機会に読ませて頂きます。
*この記事は、ライティングのゼミを受講した時の課題として提出したものです。
