先日、村上春樹待望の新作「騎士団長殺し」が発売されました。長編小説としては実に7年ぶりという事で、本屋に行けば大々的に宣伝していましたし、テレビでも発売当日の様子を流していました。
昔、期待のパソコンソフトや人気ゲームが発売される時には、日付が変わったと同時に店頭販売をする事がありました。お店の前には発売を待つお客さんが並び、ちょっとしたお祭りムードでした。顔を見ていると、行列に並んでいるという悲痛さは感じられず、この状況自体も楽しんでいるように見えました。
今でも行列が出来るといえば、新しいiPhoneが発売される時だと思うのですが、やはりインタビューを受けている人は楽しそうに見えました。しかし、今は予約対応やネットでのデータ販売があるので、それ以外で深夜に行列が出来るという光景は、ほとんど見なくなりました。
そんな中、今回の騎士団長殺しでは本の発売にも関わらず「日付が変わった瞬間に店頭販売」をしていました。最近は本当に本が売れず、僕が知っているだけでも毎年どこかの本屋が閉店に追い込まれていました。夜中に本を売るというのは、それほど出版業界からも読者からも注目されているのだと思いました。
それを裏付けるように、テレビのインタビューの中で、友達にもプレゼントする事から、全部で8冊も購入している人が居ました。今回の新作は上下巻の構成なので4人分になるわけですが、その話し方からして、とても興奮している事が伝わってきました。
その光景を見ながら、そんなに面白いのかと思いましたが、僕はまだ騎士団長殺しを買っていません。それ以前に、村上春樹の小説自体を読んだ事がありません。
これを言ったら村上春樹本人はもちろんのこと、ファンや編集者からも激怒されそうですが、2009年に「1Q84」という小説が発売された時のことです。説明するまでもありませんが、村上春樹の長編小説です。
この小説が発売され、本屋で平積みされているのを見たとき、僕は「コエンザイムQ10」の本だと思っていました。当時、ちょうどコエンザイムQ10が話題に上がり始め、テレビでも特集を組んだり、薬局の前にものぼりが立っていました。なぜそんな発想をしたのか、自分でもいまだに謎なのですが、恐らく名前に「Q」が入っていたからだと思います。
そして、その時はよくわかっていなかったのですが、とにかく美容や健康に良いのだろう、という程度の認識でした。時期的にもそれほど違和感を感じていなかったので、ついに本も出たんだ、という感覚でした。
その後、1Q84がベストセラーとして話題となり、何でコエンザイムQ10の本がそんなに売れているのか不思議に思ったのですが、そのとき初めて著者の名前を見ました。同時に、タイトルの読み方も「いちきゅうはちよん」だという事を知りました。
それほどまでに村上春樹の作品を知らなかったのですが、ある女性に勧められて読み始めた本があります。
「職業としての小説家」
僕はずっと婚活をしていたのですが、縁あって婚活パーティーで知り合った女性がいました。彼女の趣味は読書だったのですが、残念ながら僕の読書量は人に自慢出来るほどのものではなく、話についていくのがやっとでした。話をしている中で、当然のように村上春樹も話題に上がったのですが、僕は正直に読んだ事がない旨を伝えました。すると後日、彼女からメールでこの本を紹介されました。
特に説明もなく、ただ読んで欲しいとの事だったのですが、実は少々気が重かったです。それは、村上春樹=コエンザイムQ10という、僕独自の変な方程式があったからです。しかし、世界的にも有名な小説家が書いた本であり、彼女にも読んだ事を報告したいという下心もあり、読んでみることにしました。
タイトルの通り、この本は小説ではなく、村上春樹の小説に対する考え方や、何を意識しているかといった自叙伝です。過去の作品について、どんなスタンスで書いたのかといった解説もあり、読んだ事もないのに、なぜかスンナリ頭に入ってきました。
その中で一番印象に残ったのは、「小説家は、才能があるからといって続けられるものではない」といった言葉です。賞を取ったからといってそのまま小説家として生き残れるわけではなく、また別の能力が必要だというのです。
それは孤独に耐える事であったり、長く書き続けるための忍耐だったりするわけですが、僕は「継続すること」が重要なのではないかと思いました。
特に基礎となる部分は、ほとんどが地味で辛い事が多いと思います。しかし、それに耐え抜く事ではじめて地力がつくのだと思います。僕もこうして記事を書いていますが、何も書かない日というのはありません。書き続けているうちに苦にならなくなり、さらにはネタを探しているせいか、世の中の見え方が変わりました。その事を世界的な小説家も言ってるのですから、これで間違っていないと確信しました。
本を読み終え、本来であれば彼女に報告したかったのですが、残念ながら知らせていません。いや、知らせる事が出来なくなりました。本を読み終える前に、別れを告げられたのです。婚活では普通の恋愛と違って、理由も告げられず、突然終わることがあります。今回は、さまにそのパターンとなりました。
僕なりに感じた村上春樹のすごさを、彼女に聞いて欲しかったのですが、それは叶わぬ夢となりました。しかし、それでも彼女に言いたいことがあります。
「村上春樹の本を教えてくれて、本当にありがとう」
*この記事は、ライティングのゼミを受講した時の課題として提出したものです。
