その限界は本当に限界か? | ジョブスケの人生全力疾走

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 現在のゲーム機はディスク、もしくはネット配信によるデータのみで供給されているが、かつてはカセットの形態で販売されていた。(一部、カード型あり)その頃のゲームは、今から考えると信じられないほど性能が低かったが、志と情熱はとんでもなく高いゲームがあった。

 

 性能の低いマシンで、技術力と工夫で信じられないパフォーマンスを実現したゲームだ。一画面に出せるキャラクター数を倍近く超えてみたり、使えるはずの色の限界数を大幅に増やしてみたり、極め付けは出ないはずの音をカセット側にサウンドチップを積んで無理やり出させてみたりと、破天荒なものが多かった。プログラマーでも技術者でもないので、どうやったのか想像もつかない内容もあるが、工夫に工夫を重ねたのではないだろうか。

 

 それはちょうど、軽自動車に似ている。極めて厳しい制約の中で成立させなくてはいけない軽自動車には、自動車メーカーの知恵と工夫がふんだんに盛り込まれている事だろう。車体が小さいがゆえに、いかに空間を有効に使うかに始まり、エコカーが出始めた頃の燃費を手に入れ、さらには普通車なみの安全性能まで達成した。その事により、かつての軽自動車の高速道路における最高速度は80/hだったが、現在は普通車と同じ100/hに引き上げられている。

 

この中で、安全性能と燃費は全く相反する内容であり、安全性能を上げれば車重が増加し、そうなれば燃費が落ちるという関係だ。高い次元でバランスを取らなければ絶対に成立しない。だが不思議な事に、どこかのメーカーがその性能を達成すると、それに追随するように少し間を置いて、どのメーカーも達成してくる。常に相手を研究しながら開発している証拠なのだろう。

 

 最近、ファミコンで新作のゲームが発売された。ファミコンはすでに発売から30年以上経過しており、すでに研究し尽くされた感がある。しかし久しぶりの新作は、とてもファミコンとは思えないほどのものだった。特に、グラフィックに関しては度肝を抜かれた。ファミコンでこんな事が出来るのかと、改めて認識させられたほどだ。当時のファミコンゲームを知る人には信じられない、特にゲームに詳しい人ほどその感想を持つのではないだろうか。

 

 この事は、30年経った今でも限界に達しておらず、まだ研究の余地がある事を示してはいないだろうか。限界という意味では、まだまだ可能性を感じる。一方、そうなるとどこが限界なのかわからなくなってくる。ハードとしては全く進化していないので、進化しているとすればプログラムという事になる。より効率良く、より高度になる事を追求した結果だろう。

 

 すでに現行機ではないのでお金はほとんど生まない事を考えれば、もう愛としか言いようがない。好きでたまらないから、研究を続けていけるのではないだろうか。「好きこそ物の上手なれ」とは良く言ったものだが、その気持ちこそが限界を超えていけるのかもしれない。