無線通信にとって、"耳" はとても重要です。無線機自体の感度や復調度は通信の品質、いわゆる "耳" に直結する最重要の要素ですが、復調された音の出口であるモニタースピーカーやヘッドホン(イヤホン)は、最終的な音質を決める大事な要素になります。最近の無線機には、無線機自体に音質を調整する機能がついていることもあり、そのような場合はモニターの特性に合わせて自分の好みの音質に寄せることは可能ですが、元々の特性が悪ければそれを超えることはできないので、やはり重要な要素と言えるでしょう。

 

通信機メーカーや関連機器メーカーからは、「通信用」のヘッドホンが各種発売されています。「通信用」と呼ばれる所以は、アマチュア無線で主として使われるSSB/CW通信の周波数帯域(約3kHz)である中・低音域を充分カバーし、高音域はむしろ再生しない特性を持たせている点にあるようです。耳に余計な音を入れないことで、長時間の運用でも耳が聴き疲れせず、なおかつ音声やモールス符号を明瞭に受信できる、というのが謳い文句となっています。

 

ただ、「通信用」のヘッドホンはなぜか「開放型(オープンエア型)」と呼ばれるタイプのものが多く、外部への音漏れや外部からの雑音の侵入を積極的に防ぐようにはなっていないようです。静穏な環境での長時間の使用、あるいは外部の音もある程度気にしながら運用したい場合はその方が良い場合もあるでしょうが、音に集中し、高い了解度を求めるのであれば、密閉型と呼ばれるタイプの方が良い結果をもたらす可能性があります。また開放型の場合、音量(音圧)の不足を感じ、つい大音量にしてしまうことがあり、結果的に音漏れが周囲への迷惑となる場合も出てきます。

 

そのような訳で、多くのアマチュア無線家が「音楽用」の密閉型ヘッドホンを使っていると思われます。「音楽用」と言っても、実際には音楽を聴くわけでは無いので、「通信用」と同様の周波数帯域が有効に再生可能であれば充分な用を足すことになりますが、音楽用には実に様々な種類のヘッドホンが存在し、いったいどれを選べばいいのか、迷ってしまう場合があります。そこで、ヘッドホン選びの参考に、私が購入し試用した密閉型ヘッドホンを3つ紹介したいと思います。なお、評価は数10時間以上使用してある程度エージングが進んだ状態で行い、イコライザやスペクトラム表示を使用しながらなるべく定量的に特性をみていますが、基本的には「個人の主観」によるものです。

 

1. ソニー(SONY) MDR-CD900ST

 

プロのスタジオモニターヘッドホンとして超有名なヘッドホンです。1989年に発売されて以来、ずっと変わらずに販売されています。耐入力が高く(1000mW max.),

インピーダンスも63Ωと高めで、プラグがステレオ標準(6.3Φ)になっているのも特徴です。音質の特性はクリアでフラットと言われますが、その分、音楽鑑賞用としては物足りない面もあるかもしれません。モニター用というだけあって、通信用に使っても、カチッとしたフラットな音を聴くことができます。重量は200g(本体部分)でそれほど負荷もなく、使いやすいヘッドホンですが、少々値が張る(実売 約15k円)のが難点かもしれません。また、高音域(~30000Hz)まで再生するため、受信ノイズを聞き続けると少し耳が疲れるかもしれません。イヤーパッドはオーバーイヤー型で、耳の周りをスッポリと覆うような形になっていますが、この手のものとしては比較的小型です。

 

2. アシダ音響 ST-90-07

 

無線機用イヤホン "PR-17" の製造元で有名なメーカーが開発した「音楽用」ヘッドホンです(実売 約9k円)。「通信用」としてプロ向けの ST-3 という型番の大型のものもありますが、350gと重く、また高価(17k円)なため、アマチュアで使っている方はあまりいないように思います。ST-90-07 は、先行モデルの ST-90-05 の改良型で、最大入力 1000mW, インピーダンス40Ω と、1のMDR-900STによく似た性能を持っていますが、イヤーパッドはオンイヤー型で、耳たぶを押さえるような形になります。この時のパッドのフィットのさせ方が聞こえ方に大きく影響するのと、耳たぶを押さえられるのが嫌という方には向かないのとで、使う人を選ぶタイプかもしれません。その分、重量は120g(本体のみ)と軽く、密閉型としては負荷が非常に少なくなっています。音質は、音楽で言えば "ボーカルが強調される" 特性で、800Hz付近をピークに200-3000Hz付近がかなり持ち上がった感じに聞こえますが、低音域も高音域もしっかり鳴っており、通信用として使うにはかえって良い特性です(スペックは5-40000Hz)。前モデルの ST-90-05 にはマイクロホンが付いたタイプ (ST-90M-05) もあり、ハンズフリーなオペレート環境の構築にはそちらを使うのも良い案かもしれません。

 

3. オーディオテクニカ(audio-technica) ATH-M30x

 

同社のプロフェッショナルモニターヘッドホンシリーズで、価格・仕様が少しずつ異なる複数のモデルの一つです(実売 約11k円)。通信用として購入するならより低価格のM20x (実売 約7k円) でも良いかもしれませんが、元々は音楽用として購入したため、このシリーズ中で最もコストパフォーマンスが良いものを実際に聞き比べて選んだ結果、このモデルになりました。最大入力は 1300mW と高く、インピーダンスは47Ω、重量はMDR-CD900STとほぼ同じ220g。スペック上の再生周波数帯域は1-3の中でもっとも狭い(15-22000Hz)のですが、音質の特性はいわゆる「ドンシャリ」型で、低音・高音が強調された特性です。2のST-90-07とはちょうど真反対の性格なので、SSBの音を聞くと、高音域がとても強く聞こえます。復調状況が良くなく、歯切れの悪い音の時などには、この方がむしろ聴きとり易いかもしれません。何にせよ、"キラキラ" した音が好きな方に向いていると思います。

 

この3点を比べてみると、通信に使われる 3kHz 程度の帯域の特性は 2 > 1 >> 3 の順で強調されているように感じます。似たような価格・スペックのヘッドホンでも、聞こえ方はこんなにも違うものか、と改めて驚かされました。

 

(2024.1.5 追記) 実は、移動運用では「密閉型」ではなく、「開放型」のヘッドホン を使っています。せっかくなので、これについても以下に紹介します。

 

4. エレコム(ELECOM) HS-HP20

 

メーカー名からもわかるように、PC用でマイクロホンもついた、いわゆる"リモートワーク用" と言われるようなタイプです。この製品の利点は「折り畳み」ができてコンパクトに収納できること、マイクを持たずに運用するスタイルも可能なこと、などですが、移動先では周囲の状況にも気を配る必要があるため、敢えて密閉型ではなく外部音もある程度聞こえるタイプのものにしています。耳へのフィットは上記2と同様のオンイヤー型で、重量は132g(ケーブル込み)と軽量です。音質も上記2と近いイメージで、高音域が若干落ちるものの、音声やCWトーンを聞くにはちょうどいい特性を持っていると感じます。現在はプラグが4極タイプのもの(HS-HP20T)しかなくなってしまったようで残念ですが、安価(入手価格 2k円未満)なものでも充分使えると感じた1品です。