さて、さっそくですが、今回解析するホイップアンテナのモデル作成と解析から。
前回紹介した動画の中では、主に二つの既製品が実験の対象に選ばれていました。その一つである、D社製ボトムローディング型ホイップアンテナをまずモデル化し、解析してみようと思います。
ターゲットとなるアンテナは全長1.4m,ボトムローディング(延長コイル,L)が約0.5m程の構造で、同調周波数は上部エレメントの差し込み具合で最大20cmほどの調整シロがあります。波長に対する物理長の短縮割合が非常に大きく、同調周波数におけるインピーダンスは極めて低くなるものと予想されますが、まずは単純にモデル化してみます。今回も7MHz帯をターゲットとし、基準周波数を7.05MHzとしました。シミュレーションには MMANA-GAL を用いています。
垂直1/4λ型アンテナの基本形は、やはり理想的な地面(完全地面)に接地された状態でしょう。よって、ここを出発点としました。上部エレメント(A),延長コイル(L),給電部(B) という単純な構成にして作った初期モデルは次のようなものです。
[A=1.3m,L=43.7μH, B=0.1m]
リアクタンス分がなるべく0になるようLを調整した結果、R=20.4Ω, X=1.2Ω, L=43.7μH が得られました。かなり短縮されているため、Rはやはりフルサイズ1/4λの場合の一般的な値である約36Ωよりかなり低く、インピーダンス不整合のためこのまま送信機につなぐことははばかられますが、ターゲットの周波数には同調した状態です。また、シミュレーションではLが1点に集中していますが、実際のアンテナでは物理長があるため、このLの値は製品とは必ずしも一致しません。あくまでも、アンテナ(+CP)モデルの改変による"動き"を探るためこのまま進めます。
ではつぎに、"市販のアンテナが想定しているアース" に近い状況を再現してみます。市販のアンテナは、メーカーによって想定された「実際の使用状態」があるはずです。モービル用のホイップアンテナの場合は、自動車の屋根の上に取り付けられ、アースは自動車のボディに接続されるか、マグネットシート型のアース用マットを使って静電結合的にアースが取られることを想定していると考えられます。となると、無限に広がった完全な地面に直接ではなく、地面から浮いている、地面とは静電結合的なある「面」をアンテナのグラウンド側に想定したらよさそうです。ここではその「動き」に注目していますので、ひとまずは簡単なメッシュのような面をつくって結合してみます。
先ほどのホイップアンテナモデルに、図のような簡単なメッシュを付けました。後の解析の都合上、x,y方向にそれぞれ2mの放射状CPに加えて各頂点と中点を結ぶ線を加えたものとしています。周囲の正方形の1辺の長さは 2x√2 = 2.8 m ほどになります。一般的な乗用車の屋根の面積より少し大きいくらいのサイズです。
この形を保ったまま、給電部の地上高を5mから徐々に地上へ近づけてみます。その結果、下図のNo.56-63のように変化しました。(地上高の設定は"Add H."のカラムにm単位で示されています。)
この結果によれば、5m-1mくらいまではほとんど変化が無く、それ以下のところで急激に(完全)地面と相互作用が強まり、結果としてエレメントの長さ等は一切変えずに高さを適当に選ぶだけ(この場合は0.05m付近)でXがほぼ0の点、すなわち"共振点"に持ち込むことができることがわかります。逆にいえば、グラウンド側の想定をどのようにするかで、必要なコイルの定数も変わり得る、ということになります。ですから、市販のアンテナの場合、メーカーさんがどんな環境を想定して設計しテストしたのか、ということが重要であり、それを大きく逸脱するような環境でうまく整合を取るのは難しい、ということになります。
と言うわけで、定性的にでも実験との対応付けをするためには、ターゲットとなったアンテナの想定使用環境を知らねばなりませんが、それを正確に知ったとしても、それをモデルとして適切に設定できるとは限りません。そこで今回は、クルマの屋根の高さに近い 2m にこのメッシュを置いた状態を本解析の上での「基準状態」と位置づけ、そこからの変化に着目してみることにします。
そのためにはまず、高さ2mに置いた状態でLを調整し、Xをゼロに近づけてみます。すると、L=45.7 で R=21.5, X=2.9, SWR=2.33 を得ることができました。
Xを0に近づけることで周波数7.05MHzに同調し、SWRが低くなったとはいえ、まだ 2を超えていますので、このまま送信機につないで使うのは控えたいところです。このような場合、インピーダンス整合を行う必要があります。よく用いられる方法の一つがLCマッチです。50Ωのインピーダンスを持つ送信機出力を21.3Ωの負荷につなぐには、つぎのようなLC回路で整合させることができます。
実は MMANA-GAL にはこのような整合回路を算出するツールもついていて、Tool から HF components を選択するだけで、直近の計算結果に合わせた整合回路をすぐに出してくれます。ここでは、入力に並列につながれたコンデンサ(C)が重要な役割を果たします。市販のアンテナだと基部に内蔵されていて見えないことがほとんどですが、この手の製品の多くには、このような素子または相当する構造が組み込まれていると考えられます。この場合、525pF の容量をもつコンデンサを入力に並列に接続すれば、50Ωの出力とほぼ整合する、という訳です。実際には、キャパシティブなリアクタンスを打ち消すために、アンテナのLを整合回路のLの分だけ僅かに増やすことで全体が整合します。
(余談 2022年のハムフェアで行われたJAIAの技術講演会では、「モノバンドのモービルアンテナには、芯線とアース間に、インピーダンス補正用のセラミックコンデンサが入れてある。」という記述があり、図解までされています。資料はこちらからダウンロードできます。
https://www.jaia.or.jp/shiryo/jaia20220830top.pdf
もしこれが事実なら、アンテナのエレメントとコネクタの芯線との間は、直列に接続されたコンデンサにより直流的には非導通となっている筈ですが、実際には導通しているようです。おそらく、並列に接続されていると書くべきところと思われます。)
現実の素子には抵抗成分などの損失がありますが、その損失を無視すれば、この回路の挿入によるアンテナ自体の利得などの性能への影響はありませんから、アンテナ自体の性能評価にはこのような回路の有無は関係ありません。従って、今回の解析はLを含んだアンテナ素子が同調しているこの状態を基準状態として扱い、市販アンテナのモデルと考えることにします。
(次回へ続く)