長年にわたって日本を支配し続けてきた独裁者オサム・クマザキを打倒したキョウイチ。もはやキョウイチとクラウディアの住む家と【フール・メンズ・パレード】の周りは日本中から訪れる無数の信者たちでごった返しており、【フール・メンズ・パレード】の運営はおろか、家にも住み続けるのは困難な状態になっていた。そのためキョウイチたちは、しばらくコウサカに紹介してもらったホテルに住むことにしていた。
キョウイチの部屋でネットサーフィンをするいつもの面々。パソコンを操作していたコツがうきうきした様子でいった。
「ハッハッハ―、どこのブログやサイトをのぞいても、キョウ様、キョウ様、キョウ様だらけですよ!」
「そんなの当たり前じゃない!とうとうあのオサム・クマザキをやっつけちゃったのよ!」と、タクヤ。「いまだに夢見てるみたい……」
無言でコーラを飲み続けるユーレイ。キョウイチとユミリは寄り添ってソファに座っていた。
「でも、あれだろ?コツ」と、キョウイチ。「その一方ではボキをバッシングする奴らもいるんだろ?」
「いやぁ……実はですねぇ……それがまた、なぜかいるんですよ」
コツの言葉にタクヤが飛び跳ねる。
「嘘でしょ?なんでよ!」
ユーレイもコーラの入ったグラスから口を離した。
「コツ、ヤフー知恵袋に昨日と今日の2日間のあいだに寄せられた、ボキへのバッシングコメントを全部読んでみてくれないか?」
そう要求するキョウイチにコツはいった。
「え?全部ですか?」
「そう。ボキの予想ではたぶん全部読めるはず」
「わかりました……」そしてコツは2日間の間に寄せられたキョウイチバッシングのコメントを読み上げた。
『ちょっとちょっと、なに日本中お祭り騒ぎになってるわけ!?』
『キョウイチって、たしか自分の祖母とちちくりあってる上に、援助交際とかもやってる奴なんでしょ?』
『キョウ様キョウ様ってみんなギャアギャアいってるけど、あいつがなにかしたっての!?』
『みんな頭どうかしちゃったんじゃねーの?』
『キョウイチって、リョウゴ・カンザキに論破された奴でしょ?自分からフォーラム・ディスカッション開催しておいて情けない奴だよな』
『まあまあ、みなさん、ここはひとつ冷静になって事態を見守りましょうよ。変態野郎のキョウイチのブームなんかすぐに消えてなくなるだろうから(笑)』
読み終えたコツがいった。
「……昨日と今日の2日間だけに限定すれば、ヤフー知恵袋では僕の探したところこの6件だけですねぇ」
唖然としていたユミリだったが、気を取り直して口を開いた。
「……嘘でしょ?キョウイチくんは数々の奇跡を起こし続け、ついにはオサム・クマザキをも倒した文句なしの英雄なはずよ!それなのにどうして……」
「そうよねぇ?」タクヤもユーレイもとにかく不思議そうな様子だった。
そのとき、キョウイチがいった。
「LDNだね」
「LDN?」ユミリはくり返した。「なんなの?それ」
「理解力(L)と読解力(D)がない(N)人間、略してLDN。ボキが今考えた言葉」
「理解力と読解力がない……?」ユミリは不思議そうにつぶやいた。
「うん、そう」キョウイチはいった。「この広い広い世の中には不思議なことに、ものをどんなにやさしく、どんなにわかりやすく、どんなにかみくだいて、どんなにていねいに説明しても、どういうわけかまったく理解することができないおつむの人というのがいるんだよね。君たちも今までの人生の中で、そんなような人を見かけたことない?」
「……うん、ある」そうつぶやくユミリにタクヤたちも同意した。
「たとえば10年くらい前かなぁ、九州で大津波が起きてたくさんの家が流されたじゃない。で、津波に家をさらわれちゃったおばあちゃんに、ジャーナリストのイケナミさんがテレビで『こうこうこうした保険がきくので安心なんですよ』みたいな説明をしていたのよ。けどそのおばあちゃん、よく理解できなかったらしくて、もう1回イケナミさんに説明をお願いしていたね。それを見ながらボキは『なんで今のイケナミさんの説明で1発で理解できないんだ?』と疑問に襲われたね」
無言のユミリたち。
「そのおばあちゃん、結局イケナミさんの説明、理解できないままだったと思う。新生日本革命を成し遂げたこのボキに向かっていまだにバッシングする奴らもそれと同じ。世の中にはどんだけいってもわからない人たちというのがいるのよ」
そういうキョウイチにコツが訊いた。
「ところでキョウ様、昨日と今日の2日間でバッシングコメント6件っていうのはどういう意味があるんですか?」
「ヤフー知恵袋に限定したことにすぎないけど、2日間で6件って少なすぎじゃない?今までなら数百件は軽く超えていたはず」
「そうねぇ……」と、タクヤ。
「つまりね、ボキのアンチの連中も、その大半がボキの偉業を認めざるをえない立場に立たされちゃったってことよ」キョウイチはいった。「コツ、【幼稚なキョウイチ救世法を笑おう】を検索してみて」
「ああ、キョウ様批判の最大大手のサイトですね」そういってコツはパソコンのキーをたたいた。「……おかしいなぁ、出てこない」
「え?」と驚く一同。
「サイトを閉鎖しちゃったんだろうね。なにせ今回は目に見える動かぬ証拠をつきつけられちゃったんだから」そういってキョウイチは愉快そうに笑った。「いってわからないバカどもには、やっぱり目に見える明々白々なものを見せつける必要があるね」
「そうすっね」と、コツも小さく笑った。
「でもねぇ、LDNの人たちもおかしいわけじゃないのよ」キョウイチはいった。「生まれつき目が見えない人、生まれつき耳が聞こえない人、生まれつき手足が不自由な人━━LDNもそれとほぼ同じだと思うのよ。だからへんなわけでも阿呆なわけでもなく、ひとつの障害に分類すべきだと思うね」
「キョウイチくん……」ユミリはあたたかいまなざしをキョウイチに向けた。
「きめたよ」
「なにをよキョウ様」と、タクヤ。
「新しい法律。中学校を卒業するまでの間に、LDNかそうでないかをひとりひとり検査して断定する。そしてLDNと判断された人はその後の人生の中でなにか難しい話をされた際、『自分はLDNだから理解できないんです』っていうのよ」
「なんですか?それ」と、コツ。
「相手がLDNの場合、何度も説明しても無駄じゃない?だからLDNの人には難しい話をされた瞬間に『あ、自分はLDNだから理解できないんです』といってもらうのよ。そうすれば『ああ、そうですか』で済んで、何度も説明する必要がなくなるじゃない。無駄な時間と労力をなくすための法律ってとこかな」
「はぁ、さすがキョウ様……」タクヤとコツは感服した。
「ところでキョウイチくん」と、ユミリ。「LDNって、やっぱり知能の低い人に多いの?」
「実はそれがちがうんだよね」キョウイチはいった。「理解力・読解力とIQ、学歴、知識の量とかはぶっちゃけほとんど関係ない」
聞き入るユミリたち。
「ボキが今までの人生の中で見てきたことなんだけど、中学生が1発で理解できるようなことを、大卒の30歳、40歳の大人がまったく理解できないというケースは多々あるんだよね」
「ほんとに?」ユミリは驚いて訊いた。
「うん、理解力・読解力と知能の高低は関係ないんだ」キョウイチはいった。「ただ、くり返すように、LDNとはひとつの障害であって、阿呆なわけでも愚鈍なわけでもないんだ。LDNの人をバカにしたり見下したりしたらダメよ」
キョウイチの言葉にユミリたちはコクコクと小さくうなずいた。