ついに大同団結を果たした【ワイルド・ロマンス】と【シェイク・ザ・フェイク】。彼らはキョウイチの四方を守るように囲みながらクマザキ宮殿に向かっていた。
もはや彼らを止められる者は存在しない。救世主キョウイチを柱とする反政府軍は、オサム・クマザキがいると思われるクマザキ宮殿に勇往邁進を続けた。
そんな様子を撮影し続ける無数のテレビカメラ、そして実況するリポーターたち。彼らも日本史上最大級の事件を目の当たりにできる僥倖に、興奮を隠すことなく爆発させていた。
その頃、タクヤたちもキョウイチ一向のもとに駆けつけていた。
「これ夢じゃないのよね?夢じゃないのよね?」うはうはとした様子でタクヤがいう。
「イングランド革命やフランス革命もこんな感じだったのかなぁ!?」と、コツもハイテンションで叫ぶ。
ユーレイは声にならない雄叫びを空に向かって発していた。
しばらくしてキョウイチたちは、ついにオサム・クマザキがいるクマザキ宮殿にたどり着いた。
そのときである。コウサカやガンジに囲まれながら先頭を進んでいたキョウイチのもとに、兵士たちがなにかを報告しに走ってやってきた。
「オサム・クマザキの10人の息子たちも全員捕らえました。息子たちがいうにはオサム・クマザキは我々の予想どおり、クマザキ宮殿5階の総裁室にいるようです」
そんな兵士にキョウイチは悠然とした態度でいった。
「ふむふむ、大儀であった」
そしてキョウイチはコウサカやガンジら10人ほどの精鋭を引き連れ、クマザキ宮殿の中に突入していった。
そのときである。なにかの気配を感じたキョウイチが足を止めていった。
「物陰に隠れてボキたちを襲おうとしているのは、秘密警察【ブラック・リスト】の人たちかな?」
コウサカたちも足を止める。
「東京ドームでもいったんだけど、もう1度いうからね。君たちはそんな命の危険をおかすような仕事をしなくても、普通に労働していれば今以上の生活をおくれるのよ」キョウイチはいう。「君たちも家族はいるでしょ?家族のためにも、【ロスト・イン・ザ・ダークネス】の最後の悪あがき作戦で命を落としちゃダメなのよ。さあ、武器を捨てて素直に出てくれば許してあげるから、こんなこともうおやめなさい」
数十秒後のことだった。キョウイチたちを襲撃せよと命令されていた【ブラック・リスト】のメンバーたちが、ホールドアップの状態でそろそろと物陰からあらわれてきた。【ブラック・リスト】のリーダー格の男がいう。
「……キョウイチ様、我々を許してくださるのですか?」
「当然さ。悪いのはオサム・クマザキただひとり」キョウイチはいった。「んじゃ、総裁室に案内してくれる?」
「……わかりました。我らの救世主キョウイチ様」
そしてキョウイチたちは階段を駆け登り、ついに長年にわたって日本を牛耳り続けてきたオサム・クマザキのいる総裁室にたどり着いた。
ドアノブに手をかけるキョウイチ。すると鍵などはかかっておらず、あっさりとドアを開くことができた。
総裁室に足を踏み入れるキョウイチたち。そこにはまぎれもない、日本のドンの姿があった。男はいった。
「やあ、キョウイチくん。そろそろくる頃だと思っていたよ」
「やっと会えたね。オサムのクマちゃん……」
総裁室で対峙するオサム・クマザキとキョウイチ。奥二重の目で痛烈に睨みつけるキョウイチとは裏腹に、オサム・クマザキはどこか穏やかな様子でたたずんでいた。
「オサム・クマザキ元総裁、ボキたちを倒すには吊天井や落とし穴でも使わないと不可能だと思うけど、なにか最後の奥の手はあんの?」
身構えるコウサカとガンジ。が、オサム・クマザキは温和な態度だった。
「マンガや小説じゃないんだから、吊天井や落とし穴なんかあるわけないだろ」彼はため息と苦笑まじりにいった。「正規軍に裏切られた今、ワシにはもう打つ手はない。キョウイチくん、君の手で殺されるだけだ」
「へー、案外往生際がいいんだね。それじゃあ、覚悟してもらうよ」そういってキョウイチがオサム・クマザキに詰め寄ったときである。
「ただ、最後にキョウイチくんとふたりきりで少し話がしたいんだ」オサム・クマザキはいった。「ほかの者たちはしばし総裁室を出ていてくれないか?」
訝しげな表情になるコウサカたち。そんな彼らにキョウイチはいった。
「……まあ、いいよ。コウサカ、ガンジ、ちょっとふたりきりにさせてくれ」
キョウイチに命令されたコウサカたちは、しぶしぶ総裁室をあとにした。
━━キョウイチとオサム・クマザキ、ふたりきりになった総裁室。沈黙を破ったのはオサム・クマザキだった。
「それにしても、君の存在はまさに奇跡だな。さすが1000年にひとりの救世主、現代の世界天皇候補といったところだ」
彼の言葉を耳にしてキョウイチに緊張が走る。
「1000年にひとりの……世界天皇候補?……あんた、その話知ってるんだ?」
「闇の支配勢力のメンバーのひとりであるこのワシが知らぬわけなかろう」オサム・クマザキが布袋腹を突き出していった。「1000年前の前回の聖戦もまぎれもない真実だ。日本国民に希望を持たせないようにするべく、ただの眉唾な都市伝説に仕立て上げたつもりだったんだが、まさかワシの時代に君が出現するとは思っていなかったよ」
「あんたがいうなら、1000年前の光と闇の聖戦伝説は100%真実だったんだね……」
「ああ、映像などはワシは知らんが、厖大な資料や文献を読んだことがある」オサム・クマザキはいった。「1000年前の聖戦も真実だし、光の勢力を率いて戦ったメシアくんというのも実在した人物だ」
「メシアさん……」キョウイチはぽつりとつぶやいた。「メシアさんって、どんな人だったんだ?」
「そんなことワシは知らん」オサム・クマザキはいった。「ただ、1000年前の、前回の世界天皇候補だったメシアくんは、なかなかいいところまでいったらしいが、あと一歩のところでダメだったみたいだね」
「なぜ?」
「詳しいことは知らん。ただ、まあ、正義は勝つとか勧善懲悪だとか、世の中そんな単純なものではなかったというところかね」そういってオサム・クマザキはバルコニーに出た。「我がクマザキ宮殿も、軍隊に完全に包囲されたようだな。悔しいが、ある意味なかなか壮観な眺めだ」
「壮観な眺めだよね。ボキもそう思う」キョウイチはいった。「いい冥土の土産になった?」
「そうだな。そろそろトドメを刺してくれ」
そういうオサム・クマザキに、キョウイチは思い出したように質問をした。
「……ただ、最後にちょっと訊きたいことがあるんだけど」
「ん?なんだね?」
「ボキの住んでいた家とか、法話をおこなった横浜アリーナとか、たしかに【アーバン・ジャングル】とかが鉄壁の見張りについてはいたけど、暗殺者らしき人たちがまったく襲ってこなかったのが疑問なんだよね。ボキのことを過小評価してたのかな?」
そういうキョウイチにオサム・クマザキは真相を打ち明けた。
「ワシは君のことを過小評価などしていない。どうやら本物の救世主が出てきたなと覚悟をきめたほどだ」
「じゃあ、なぜ?」
「君がクラウディアさんのお孫さんであることを知ったからだ」オサム・クマザキはバルコニーから外を眺めながらいった。
「クラウディアばあちゃん!?」
「そうだ。ワシとクラウディアさんは中学時代同級生でな。クラウディアさんはワシの初恋の人であり、ワシの命の恩人でもあるのだよ」
衝撃の告白に、さしものキョウイチも言葉を失わざるをえなかった。
「ワシは勉強ができること以外に取り柄がなく、見てのとおりのキモメン、ずんぐりむっくりなので、小さい頃からひどいいじめにあい続けていた。そんなワシの唯一の味方だったのがクラウディアさんだったのだ」オサム・クマザキは追憶に浸っていった。「クラウディアさんはワシのオアシス、ワシのマドンナ、そしてワシの命の恩人。そのクラウディアさんのお孫さんを暗殺するわけにはいくまい」
「それでボキのところに暗殺者を差し向けなかったのか……」
放心したようなキョウイチに、オサム・クマザキは穏やかに笑いながらいった。
「フフフ、いやいや、君のことだ。たとえ【ブラック・リスト】を差し向けても、機転をきかして難を逃れていたことだろう。君はそういう星の下に生まれた男だ」
オサム・クマザキの背中を凝視するキョウイチ。
「むごいいじめにあいながら、ワシは必死に勉強を重ねた。政治家になってどうしようもない日本を変えるためだ」オサム・クマザキはいった。「ま、気がつけばますますどうしようもない独裁国家になってしまったのだが、ワシもワシなりに若い頃は新生日本革命を真剣に目指したものなのだよ。しかし、主役はワシではなく、クラウディアさんのお孫さんの君だったようだ」
無言のキョウイチ。
「さあ、キョウイチくん、お別れのときがやってきたようだ。ワシをここから突き落としてくれ」オサム・クマザキはいった。「だがなぁ、キョウイチくん、これだけは覚えておけ。ワシごときを倒したところで、この世界はびくともせんということを」
「……どういうことだ?」
「ワシなんぞ、欧米に君臨する闇の支配勢力の長たちからすれば、ぺーぺー以下のゴミにすぎん。ワシひとりを倒せたところでこの世界はなにも変わることはないということなのだ。それだけは肝に銘じて……」
そのときだった。ドガッとキョウイチの強烈なドロップキックが、バルコニーのオサム・クマザキの首にたたきこまれ、オサム・クマザキはそのままつんのめってバルコニーから地上に落下していった。
グシャッ━━という不快な音が響いてきた。その瞬間、クマザキ宮殿を包囲していた兵士たちが歓喜の雄叫びをあげた。
「独裁者が死んだぞぉぉぉぉぉ!」
やったーぁぁぁぁぁ!━━クマザキ宮殿に駆けつけていた何十万人もの兵士たち。彼らが一斉にあげた狂喜の叫びを耳にし、キョウイチはついに、本当にオサム・クマザキがこの世からいなくなったことに胸をなでおろした。