西暦1996年━━救世主覚醒への第1歩を踏みしめたこの年から、ようやく私にも安らぎの日々が訪れるようになった。
かつては左胸から血が流れ続け、体中に激痛が走り渡る毎日だったのだが、1996年から左胸はまったく苦しくなく、体もどこも痛くないのである。別に病気にかかっているわけではないのでそんなの当然のことかもしれないが、こんな安らいだ精神、安らいだ感覚は小学6年のとき以来、実に6年ぶりのことだった。
そんな私はとある小説を雑誌の文学賞に投稿しており、予選通過発表の日を楽しみに待ち続ける日々をおくっていた。
自分が現代の救世主であることはまちがいない。小説で賞でも受賞して知名度と経済力を獲得し、そこから自分の新たな人生がはじまるのだろうな━━私はそのように考えていた。
そんなある日のこと。団地の前の自転車置き場で背後から『メシア?』と話しかけられたのだ。
振り返るとそこにはメガネをかけた見知らぬ青年が立っていた。『どなたですか?』と訊くと『え?ムツイだよ』という返事が返ってきた。
第2巻と第3巻にちらっと書いたあのムツイだったのである。ずいぶん大人っぽくなっていたのですぐには気づけなかった。
私が『ああ、変わったねぇ』というと、ムツイは『メシアこそ変わったよ』といった。実は私は髪を長髪にしていたのである。
それだけの会話で別れたのだが、ムツイは1994年のときは私のことを幽霊でも見るかのような目で見ていたというのに、それから2年がたって私に対する幻滅の感情は消えてなくなったのかもしれない。
いつまでも続く安らぎの日々。私はその日の夜、フジテレビ【ゴールデン洋画劇場】の【ブラック・レイン】を、極上の幸福感に包まれながら観て眠りについた。
━━話は変わるが、私はこの頃ファミコンをよくプレーしていた。
PSやDS世代の人たちにはよくわからないと思うが、テレビゲーム機の元祖がファミコンというもので、私は小学生の頃によくやっていたソフトをプレーした。
中でも1番おもしろかったのが【高橋名人の冒険島】というアクションゲーム。
このゲーム、小学生の頃はコンテニューを使って友達と代わりばんこにやっても4・4面が最高だったのだが、やや大人になってから再びやってみると、なんとコンテニューなしで8面すべてをクリアできてしまったのである!
これはゲームに詳しくない人たちにはなんのことかさっぱりだと思うが、ウィキペディアに【コンテニューなしでクリアするのは不可能とされている】と紹介されていることでわかるように、【高橋名人の冒険島】をコンテニューなしでクリアするということはとてつもないことなのである。
ところで、嘘をついていると思われたくないので、私が【高橋名人の冒険島】をコンテニューなしで全面クリアできる一応の証拠を書きたいと思う。
【高橋名人の冒険島】を全面クリアするのにかかる時間は、ちょうどぴったし60分だ。55分でも、65分でも、70分でもない。何回クリアしてもぴったし60分なのである。
そのため毎週水曜の8時に、9時から【ボキャブラ天国】という番組がはじまるまでの時間つぶしに【高橋名人の冒険島】を60分間プレーしたりしたものだった。
【高橋名人の冒険島】というアクションゲームは、スーパーマリオとはちがって制限時間はない。その代わりじっとしていると体力が減っていき、道中に出てくるフルーツを取って体力を回復させ続けないといけない。
一定のスピードで走り続けて、フルーツをコンスタントに取り続けないとクリアできないようになっているため、余計な寄り道をしたり、難しいところで立ち往生をしたり、そうしたことはぜったいにできないのだ。一定のスピードを保って、延々と延々と走り続けなくてはいけないゲームなのである。そのため全面クリアにかかる時間にずれが生じることはありえないというわけなのだ。
これはおそらくハドソンの制作スタッフの人たちがプレーヤーの健康を考えて、ちょうど60分でクリアできるようにつくったのだと思われる。
なにはともあれ、自分で【高橋名人の冒険島】をコンテニューなしで全面クリアしてみればわかることなので、興味がある方はチャレンジしてみてください。
そんな【高橋名人の冒険島】のソフトの裏にはマジックで【ナガサキ】と書かれていた。
記憶にないのだが、どうやら小学生時代の友人のナガサキから借りたやつを、そのままもらってしまったようである。ナガサキには少しすまないことをしてしまったようだ。
……それからしばらくたって、ついに待ちに待った文学賞予選通過の発表の日がやってきた。
私は急いで本屋に駆け込み、雑誌のページをめくった。が、私の作品名はどこにも載っていなかった。どうやら予選通過は失敗に終わったようである……。
落胆の私はため息をつきながら、小学生の頃に撮った深夜番組のビデオを見た。
それは人気お笑いコンビ、ダウンタウン司会の【ダンス・ダンス・ダンス】というダンスのオーディション番組で、深夜ならではのシモネタが盛り込まれたトークに軽く一笑をくり返す私なのであった。
と、そのときである。私の頭に電撃が走ったのは……!
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