1999年7月7日、ネジールくんが日本の小松空港に到着した。両親の悲痛な叫びからわずか3週間足らずで実現した来日だった。
果たしてネジールくんを救うことができるのか?そのバトンは病院のスタッフへと引き継がれることになった。
病室にやってきたネジールくんと両親の3人。白衣姿の河崎医師がネジールくんに笑顔で声をかける。
「やあ、こんにちわ」
が━━白衣の河崎医師を目にした途端ネジールくんは脅え出し、両親の後ろに隠れてしまった。
実はベオグラードの病院で、アルバニア人だということで医師たちからひどい扱いを受けたことがトラウマになっていたのだ。
そんなネジールくんを見て河崎医師は白衣を脱いだ。
「さあ、これでどうだい?」
するとようやくネジールくんも少しずつ安心するようになっていった。
「ハハ、よしよし」微笑む河崎医師。
かくして眼球摘出手術から4ヶ月ぶりの検査がおこなわれることになった。
ネジールくんの腫瘍は脳には移転していなかったが、予断を許さない状況であった。もしも腫瘍の進行をおさえられず、視神経乳頭まで達したら左目を摘出しなくてはならない。
まずは抗ガン剤を投与し、腫瘍の進行を食い止める方法がとられた。しかしわずか3歳の体に抗ガン剤の負担は大きい。どんな治療にも耐えていたネジールくんだったが、副作用で髪の毛が抜け落ちたことを理解できずにショックを受けていた。
そんなネジールくんを励まそうと、片山直樹と上原純一は片山家でパーティーをおこなった。
食事の席。片山直樹は笑顔で語りかけた。
「ネジールくん、元気か?」
しかしネジールくんも両親も不安げな様子のままであり、どんよりした空気を振り払うことはなかなかできない。
そのときである。上原純一がとある行動を開始した。
「ネジール、よーく見るんだぞー」次の瞬間、なんと彼は自分のかぶっていたかつらをとって見せた。「俺だってね、こーんな頭してんだからね。ハハハ」
するとようやくネジールくんに笑顔が戻った。
「あ!ネジールが笑ったぞ!やったー!」狂喜乱舞する片山直樹と上原純一。
上原純一は当時を振り返っていう。
「元気づけてあげたいと思って、俺の最終兵器を出そうかなと思って。身を削って芸だったんだけど……。ネジールの髪の毛は薬がきいているだけなんだと、これからまた増えるから大丈夫って。で、ずらを取ったら大笑いしてくれて」
その後もネジールくんは金沢の人々のあたたかい愛情に包まれながら治療に耐えていった。
しかし、抗ガン剤の治療だけでは腫瘍をおさえることはできなかった。そこでレーザー治療がおこなわれることになる。
しかしレーザー治療は結果はすぐには出ない。ネジールくんの両親は再び不安な日々を過ごすことになった。