カウンセラーについて | メシアのモノローグ~集え!ワールド・ルネッサンスの光の使徒たち~

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混迷をくり返す世界を救うべく、ひとりでも多くの日本人が現代に生を受けた意味に気づかなければなりません。世界を救うのはあなたの覚醒にかかっているのです……。

 16歳くらいの頃、私は人生のどん底の中のどん底にいた。右を向いても左を向いても上を向いても下を向いてもなにをやってもうまくいかない人生最悪の暗黒の時期である。

 


 毎日口からへどが出るかのような絶望に胸が支配される毎日。いったいこんな地獄の日々を何日おくれば希望や幸福と巡り合うことができるのか?と空に向かって質問を投げかけ続けていた当時、私は藁にもすがる思いでカウンセリングというものを受けに行ったことがある。

 


 私が相談してもらったカウンセラーの人は50歳くらいの男性で、最終学歴は東大卒、さらにテレビ朝日の『徹子の部屋』にゲスト出演したこともあるというかなり高名なカウンセラーらしかった。

 


 しかし、このカウンセラーとの出会いによって、世のカウンセラーという肩書を持つ人間たちに幻滅することになってしまうのであった……。

 


 まずカウンセラーの男性はテーブルの上に1枚の紙を出した。それには『性格は外向的か?内向的か?』などの質問が書かれており、それに鉛筆で○や×を記していくのである。

 


 私はきっとその質問に対する答えを軸にカウンセリングが進められていくのだろうと思ったのだが、まずカウンセラーの男性は『会社のほうはどれくらいおつとめになったんですか?』と訊いてきた。私がそれに『2ヶ月くらいです……』と答えると、カウンセラーの男性は『ちょっと短いねぇ』といった。そして仕事の内容を教えると『あんまりおもしろそうな仕事でもないしねぇ』といった。

 


 それからしばらくして父親が酒乱であることを教えるとカウンセラーの男性は『お父さんが酒乱なんですか。それはかわいそうですねぇ』といった。

 


 それからしばらくして中学時代いじめにあっていたことを教えるとカウンセラーの男性は『たけしとさんまみたいな?』と訊いてきた。それはつまり『たけしとさんまのコントのような感じのからかいを受けたんですか?』という意味だろう。私はそれに『いや、そういう感じではなかったですけど……』と答えた。しかしカウンセラーの男性は無言のままだった。

 


 ……読者の方々に信じてもらえるかどうか不安なのだが、カウンセリングはだいたいこれで終わってしまったのである。

 


 私は当初、出された紙に書かれた質問に対する答えを軸に話が進められていくのだろうと思っていた。たとえば前述した『性格は外向的か?内向的か?』などの質問だ。

 


 私は“内向的”のほうに○を書いたのだが、『私は内向的な性格です』という返答にカウンセラーの男性はなんらかの回答をしてくれるのではなかったのか?しかし最後まで質問に対する返答の回答はひとつも出ることなく終わってしまった。



 私はカウンセラーというのはてっきり胸の苦しみの消し方だとか、未来に対する不安の消し方だとか、立派な社会人になるためのノウハウだとか、そうしたことを具体的に教えてくれる人なのだと思っていたのだ。だからこそ遠路はるばる足を運んだのである。

 


 それだというのにカウンセラーの男性が口にしたことといえば『会社は2ヶ月でやめたんですか。ちょっと短いねぇ』『あんまりおもしろそうな仕事でもないしねぇ』『お父さんが酒乱なんですか。それはかわいそうですねぇ』といったことだけで、胸の苦しみの消し方も、未来に対する不安の消し方も、立派な社会人になるためのノウハウも、まったくなにひとつ教えてはくれなかったのだ。

 


 しかも無料ならまだしも、どういうわけか帰り際、1万円などという料金を払わされたのである。

 


 また、自分は東大卒だの『徹子の部屋』に出たことがあるだのといった、なんの関係もない自慢話を散りばめていたような印象もある。



 このカウンセラーとの出会いからだ。世のカウンセラーたちに対するイメージのキャンパスが濁った灰色に激変したのは。



 『あなたが相談してもらったカウンセラーはその人だけであって、世のカウンセラーすべてに幻滅するのは早計ではないのか?』といった声が聞こえてきそうだが、世のカウンセラーすべて全員に幻滅して不信感を抱いてしまっても大げさではないとある事実があるのである。

 


 私が相談を受けに行ったカウンセラーの人は、テレビ朝日のトーク番組『徹子の部屋』にゲスト出演したことがあるという。

 


 『徹子の部屋』にゲストで呼ばれるのは俳優、タレント、アーティストといった芸能人が大半であり、それ以外の分野の人間でゲストで呼ばれるとなると、その人はもはや日本の歴史にその名を刻む不世出の巨星といってまちがいないだろう。

 


 したがって私が相談を受けに行ったカウンセラーの人は“日本カウンセラー界を代表する右に並ぶもののない歴史的超スーパースター”といってさしつかえのないとんでもない人なのだろう。

 


 しかし、その“日本カウンセラー界を代表する右に並ぶもののない歴史的超スーパースター”が、相談にきた客になんのアドバイスもせずに1万円などという料金を払わせる有様なのだから、この世のカウンセラーというカウンセラーひとり残らず全員、高学歴のカウンセラーという肩書を利用して社会の弱者から大金を騙し取っている外道といっていいのだろう、という結論に達するわけなのである。

 


 ちなみに立派な社会人になるためのノウハウを教えてもらいたかった私はカウンセラーの人に『じゃあ、世渡り下手な人はどうすればいいんですか?』という質問をした。するとカウンセラーの人は『あ?なにいってんだこいつ』といった顔を見せたのである。

 


 そして私が『自閉症なんです』というと、カウンセラーの人はこういった。



 「とても自閉症のよには見えない。自閉症というのは……『レインマン』という映画を観たことあるかな?」



 私はそれに『いえ』と答えた。するとカウンセラーの人はため息まじりに『はぁ……観たことないかぁ……』とつぶやいた。



 私は『レインマン』という映画を観たことがない。観たことがないにきまっている。

 


 たとえば聖書は人類の半数が読んだことがあるといわれる書物だが、もしもその『レインマン』という映画が聖書クラスの知名度を誇る映画ならば『はぁ……観たことないかぁ……』という言葉も少しは理解できる。しかし『レインマン』などという映画タイトルは、そのとき生まれてはじめて耳にするものだった。

 


 そもそも、たとえば1億人の中からひとりを選んで、その人に1億作品ある映画の中のとある1作品を『観たことある?』と訊いて、ノーという答えが返ってくる確率のほうが圧倒的に高いことはいうまでもないだろう。

 


 東京大学卒らしいカウンセラーの人は、そんなこともわからないのだろうか……。



 ところで、『たけしとさんまみたいな?』という質問にもしも私が『はい、そうです。たけしとさんまのコントのような感じのからかいを受けました』と返答したら、カウンセラーの人はなんと答えるつもりだったのだろうか……。

 


 私はカウンセラー評論家でもカウンセラー研究家でもなんでもないので、カウンセラーという職業についている人たちの実態はまったくわからない。

 


 しかし東大卒で、『徹子の部屋』に出たこともあるほどのカウンセラーが完全なるいんちきだったのだから、カウンセラーという肩書の人を簡単に信用してはいけないということだけは動かしようのない事実だろう。

 


 それにしても、まさしく1万円をどぶに捨てたような気分に襲われた。バスや電車を乗り継いで遠路はるばる足を運んだ上に、なにひとつアドバイスをしてくれないカウンセラーに1万円を払わされたのだから……。



 ところで、今からとある3つの考え方を書く。苦悩を抱えながら読んでいる読者の方々はきっと胸がすーっと楽になる感覚に襲われることだろう。



 ①自分と同じような悩みを抱えている人間は世の中に無数にいる。



 ②100点を目指さずに7,80点で上出来と考える。



 ③どんな罵詈雑言をいわれても別に死刑を宣告されたわけではない。




 どうだろうか?今、いじめや人間関係に苦しんでいる読者の方々は、灰色の霧が漂っていて重く感じていた胸が、いくらか軽く安らかなものになったはずである。

 


 実はこのような考え方が紹介された精神安定本は無数にあり、本屋に行けばいつでもどこでも常に販売されている。しかもどれをとっても1冊1000円もしないのだ。

 


 もしも人生のどん底にいた16歳のとき、1冊1000円もしない精神安定本の存在を知っていたら、瞬く間に絶望の日常から抜け出すことができていたにちがいない。  

 


 なんのアドバイスもしてくれないカウンセラーに1万円も払うことなく、わずか数百円で頭の中の不安と苦悩の霧を振り払い、胸の中の絶望の闇を光に変えることができていたのだ。

 


 たったのわずか数百円でである。

 


 それに比べ、交通費を含め1万円以上の金を費やさせたいんちきカウンセラーの外道ぶりをなんといえばいいのだろうか……。

 


 改めてカウンセラーという職業の人間たちに対する怒りと不信感が湧き上がってくる。

 


 が、とはいうものの、世のカウンセラーというカウンセラーすべて全員がいんちきというわけではもちろんない。

 


 私はアメブロでふたりの心理カウンセラーと出会ったのだが、彼らに『私を客だと思って苦悩を消す方法を“たったひとつだけ”書いて送ってください』というメッセージを送ったのだ。

 


 ひとりのほうからは返信がなかったのだが、もうひとりのほうからは返信があったのである。

 


 残念ながらお願いした“苦悩を消す方法”は書かれていなかったが、とりあえず返信をくれたところに信憑性を感じた。

 


 このように世のカウンセラーというカウンセラーすべて全員がいんちきというわけではないのだということを記してこの記事を終わらせようと思う。

 

 

 

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