名将について | メシアのモノローグ~集え!ワールド・ルネッサンスの光の使徒たち~

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混迷をくり返す世界を救うべく、ひとりでも多くの日本人が現代に生を受けた意味に気づかなければなりません。世界を救うのはあなたの覚醒にかかっているのです……。

 どのスポーツの歴史を振り返ってみても、名将と呼ばれるすごい監督がいたことだろう。日本のプロ野球でいえば巨人をV9に導いた川上哲治や、西鉄ライオンズをV3に導き“魔術師”と呼ばれた三原脩、ヨーロッパのサッカーでいえばACミランをトヨタカップ2連覇に導いたアリゴ・サッキなどだ。彼らの名声は時代を超えていまだに称賛されており、黄金時代を築きそうな勢いのあるチームとなにかと比較されているものである。

 


 が、しかし、だ。川上哲治も三原脩もアリゴ・サッキも歴史に残る名将と呼ばれているが、私にはまったくそうは思えない。なぜなら、充分に優勝を狙えるだけの戦力を揃えたチームを優勝に導いたというだけのことだからだ。

 


 川上哲治がV9に導いた当時の巨人には、長嶋茂雄と王貞治という日本プロ野球史上最高のミラクルコンビがいた。V9はたしかにとてつもない記録だが、それくらいのことを成し遂げられないほうがむしろ不思議だろう。

 


 魔術師、らしい三原脩がV3に導いた西鉄ライオンズにしても、稲尾和久や中西太など、ONに負けず劣らずのスーパースターを多く擁していた。V3くらいさほど高いハードルではないだろうし、そのくらいで魔術師とは大げさである。

 


 アリゴ・サッキがトヨタカップ2連覇に導いたACミランにしても、ワールドカップより優勝するのが難しいといわれるヨーロッパ選手権を制したオランダトリオをはじめとするスーパースター軍団である。トヨタカップ2連覇くらいでは物足りないくらいだろう。これは20世紀最大の監督といわれるミヌス・ミケルスにも同じことがいえる。



 では、どのような監督が名将なのか?ずばり“弱いチームを優勝させることができる監督”━━これが私の中の名将の定義である。

 


 たとえば、10チームが存在するリーグがあったとする。そして毎年10位か9位のチームがあったとする。そのチームを優勝に導いて、はじめて名将の栄誉を手にすることができるのだ。少なくとも私はそう考えている。そして実際に、そのような奇跡を起こした監督というのは多く存在するのだ。まずはサッカーのユーロ2004で、参加国中最弱と目されていたギリシャを優勝に導いた監督である。これが最もわかりやすい例だろう。

 


 ヨーロッパナンバーワンを決定するユーロとは前述したように、ワールドカップより優勝するのが難しい大会である。理由は参加している国がヨーロッパの列強国のみだからだ。ワールドカップの場合はアジアやアフリカの格下のチームと当たる場合があり、運が良ければ強国とほとんど戦わずして決勝に駒を進められるものなのだ。2002年大会のドイツのように。しかしユーロの場合はそうはいかない。グループステージからヨーロッパ屈指の強国同士の死闘の連続なのである。そんなユーロを2004年に、参加国中最弱といわれていたギリシャが制してしまったのだ。しかも対戦したのは準々決勝が大会得点王バロシュを擁するチェコ、準決勝がディフェンディングチャンピオンのフランス、そして決勝がホスト国のポルトガルなのである。それらをおさえての優勝なのだから、まちがいなく世界サッカー史上最大最高の番狂わせとして永遠に語り継がれていく大奇跡だろう。

 


 しかし奇跡奇跡といっても、ギリシャはけっして偶然や幸運ばかりに助けられて優勝したわけではない。ギリシャというけっして強いとはいえないチームを、ありとあらゆる方法で強くした監督の手腕のおかげである。

 


 ギリシャを優勝に導いた監督━━名前は知らないのだが、きっとその監督には状況に応じて様々な戦術を柔軟に使い分けることができる能力があったというだけでなく、試合の流れを読む才能、選手の隠された能力を見出す才能、選手の長所を伸ばして短所を消す才能、敵の長所をつぶす才能などを見事に兼ね備えていたのだろう。だからこそギリシャをユーロなどという舞台で優勝させることができたのである。



 また、日本のプロ野球でいえば、2005年にロッテを4冠に導いたボビー・バレンタイン監督も文句なしの名将といえるだろう。

 


 当時のロッテには“日本のプロ野球といえばこの人!”とすぐに顔と名前がパッと浮かぶようなスーパースターは皆無だった。誰をとってみてもそこそこの選手ばかりであり、スター軍団の西武やソフトバンクと比べると明らかに華やかさの欠ける地味な印象のチームだった。

 


 ロッテのスター選手━━かろうじてクローザーの小林雅英の名前をあげることはできるが、西武の豊田とか、中日の岩瀬とか、小林雅英と同格の力を持ったクローザーは他球団にいくらでもいたし、横浜時代の大魔神佐々木のような“別格の力を誇る日本最大最高のクローザー”と呼べるほどではなかっただろう。よって当時のロッテには、やはりスーパースターは皆無だったのである。しかし、そんなチームでも、監督に力量があれば頂点をつかむことができるのだ。

 


 バレンタイン監督は相手チームによって、毎日のようにころころと打線を組み替えていた。一般的にころころと変わる打線はよくないといわれるが、バレンタイン監督の試合ごとに変わる打線はおもしろように得点を量産した。きっとバレンタイン監督には、相手ピッチャーの本人や味方さえも気づけていない欠点や短所を見つけることができ、その欠点や短所を最も攻めやすい打線で試合にのぞんでいたのだろう。

 


 そんなロッテ打線にも、選手が固定された打順もいくつかあった。西岡の1番とサプローの4番である。

 


 西岡はオーソドックスな1番タイプなのでサプライズな起用法ではないのだが、サプローの4番起用はほかのどの球団も真似できない個性だった。

 


 サプローは絵に描いたようなつなぎの4番であり、ホームランの数も他球団の4番とはさらさら比較にならない。しかし、要所要所で重要な働きを見せ、見事にチームを勝利に導き続けていた。

 


 たしかに4番にはロングヒッターを置くのが定石ではあるのだろうが、相手ピッチャーの本人や味方さえも気づけていない欠点を鋭く見つけることができるバレンタイン監督にかかれば、4番がロングヒッターでなくても点をたくさん取れて勝つことができるのである。

 


 とにかく野球には無数の作戦があり、無数の状況があり、無数の選択肢が存在する。そうした無数の要素を味方にするも敵にするも自分次第であり、うまく利用すれば自分たちの力が3しかなかったとしても7や8に高めることができ、また敵の力が10だとしたら4や3に下げることができるのである。それが野球というものなのだ。たとえ相手が格上のスター軍団で、自分たちが雑兵ばかりのような格下のチームでも、ありとあらゆる様々な要素を巧みに利用して味方につければ勝利をおさめることができるのである。



 相手は5の力しかないのだから、10の力を持つ自分が負けるわけがない━━野球とはホームランバッターをずらりと並べさえすれば勝てるものだ━━いった考えを持ち続けている誰かさんに見習ってもらいたいものである。

 

 

 

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