「康太と2人で」亡き戦友とジャスティンミラノで2冠狙う

 

日本ダービーへの思いを語る戸崎騎手(撮影・丹羽敏通)
日本ダービーへの思いを語る戸崎騎手(撮影・丹羽敏通)

<ミラノダービー道(1)>
 

 ダービーウイークが始まった。

 

今年の3歳世代7906頭の頂点が決まる「第91回日本ダービー」(G1、芝2400メートル、26日=東京)まであと1週間。

 

無敗の皐月賞馬ジャスティンミラノ(友道)の関係者に迫る連載「ミラノダービー道」第1回は戸崎圭太騎手(43=田島)にスポットを当てる。

 

これまで2着惜敗の悔しさを2度味わった鞍上は、今回が10度目のダービー参戦。

 

亡き恩師、亡き戦友への思いも胸に、今年こそ頂点をつかみとる。
    ◇    ◇    ◇  
18年の半馬身差、19年の首差。

 

頂点にわずかに届かなかった2度の惜敗を経て、戸崎騎手のダービージョッキーへの思いは特別なものに変わっていった。
 

「(18年)エポカ(ドーロ)で2着になったときから勝ちたい思いが一層強くなりました。

昔は(ダービーも)G1の中の1つという捉え方でしたが、特にJRAに移籍してからは、1年間そこを目指して皆さんが取り組まれている思いを感じるし緊張感も伝わる。

徐々に重みを感じてきました。今は自分の大きな夢の1つになっています」
 

今年は大井競馬所属時代の恩師である川島正行調教師が66歳で急逝して10年の節目になる。

 

伸び悩んでいた若手時代、トップを目指して同じ南関東・船橋の名門、川島正厩舎の門をたたいた。

 

「失敗があるからうまくなるんだ」。

 

師には数多くの有力馬に騎乗するチャンスを与えられ、研さんの日々を送った。

 

南関リーディング5回、地方競馬全国リーディング4回。

 

自分を地方NO・1にまで成長させてくれた存在だった。
 

「思い出は尽きないです」。

 

競馬以外の生活面も含め、師からの数々の教えは今も人間、戸崎圭太のベースになっている。

 

「もう10年。

常にいてくれる存在で川島先生がいたから今の自分があるという思いは常にある。

これは間違いないです。

常々頭に浮かびますよ。

何年たっても変わらないと思います。

(勝てば)先生も喜んでくれると思う。

『ようやく勝てたか。もっとうまくなれ』と言われるかな」。

今度こそ天国の師へ吉報を届けたい。
 

もう1人、天国で支えてくれる人がいる。

 

皐月賞でジャスティンミラノの調教を担当していた故藤岡康太騎手だ。

 

4月6日の落馬事故により、皐月賞直前の同10日に、志半ば35歳という若さでこの世を去った。

 

「2人で戦うという思いは強いです。

バックに康太が付いていると勝手に思っています。

(皐月賞のゴール前は)本当にそういう感覚だったし、最後の伸びは後押しだったなと」。

 

2人で力を合わせれば必ず頂点に届くと信じる。
 

決戦まであと1週間。

 

先週の美浦トレセンで、主役として多くの取材をこなした戸崎騎手の表情は充実感に満ちあふれていた。

 

「今までと違って、いい意味で余裕を持てています。

以前はピリピリしてプレッシャーを感じていた。

今は自分を見つめられて、この期間をすごく大切に味わえています」。

 

メンタル面は至って穏やかに映る。
 

「今までのダービーよりも応援の声はたくさん届いています。

ミラノは頂点に立つにふさわしい馬。たくさんの期待に応えたいし、力になります」。

 

亡き恩師、亡き戦友、そしてたくさんの応援という心強いバックアップを受け、夢の実現へ突き進む。

                                  【井上力心】
 

▼19年は首差! 

戸崎騎手はこれまで9回ダービーに騎乗し2着惜敗が2回ある。

6度目のダービーとなった18年は皐月賞馬エポカドーロで果敢に逃げの手を打ち、残り100メートルを切っても先頭をキープしていたが、最後はワグネリアンに半馬身かわされた。

福永祐一騎手はこれがダービー初制覇だった。

翌19年は皐月賞3着馬ダノンキングリーに騎乗。

直線で早めに抜け出したロジャーバローズを懸命に追いかけ、一騎打ちになったが首差届かなかった。

浜中俊騎手もこれがダービー初制覇だった。
 

◆戸崎圭太

(とさき・けいた)1980年(昭55)7月8日生まれ、栃木県出身。

98年に南関東競馬・大井でデビューし、08年から5年連続で南関東リーディング。

08、09、11、12年は地方競馬全国リーディングも獲得した。

08年に故川島正行師が管理したフリオーソで帝王賞を制し、Jpn1初勝利。

地方競馬でトップの地位を確立し、13年3月にJRAに移籍。

JRA通算1万276戦1492勝、うちG1・12勝、重賞73勝(24年5月19日現在)。
 

◆川島正行師 

元騎手で、南関東・船橋のトップトレーナー。

調教師として通算1276勝、重賞139勝(G1級13勝)。

フリオーソ、アジュディミツオーなど名馬を管理しただけでなく内田博幸、戸崎圭太ら名騎手も育てた。

戸崎騎手が13年に移籍した翌年の9月に病気のため亡くなった。
 

◆地方競馬からJRAに移籍した騎手のダービー制覇 

これまでに3人で、笠松デビューだった安藤勝己騎手が04年にキングカメハメハで制したのが初。

戸崎騎手と同じく大井から移籍してきた内田博幸騎手は6度目の挑戦だった10年エイシンフラッシュで制覇。

元兵庫所属の岩田康誠騎手は7回目の参戦となった12年ディープブリランテで勝利。

 

2024年5月20日9時11分
(日刊スポーツ)

 

 

 グラサン

 3戦3勝パーフェクトレコード中のキズナ産駒・ジャスティンミラノを中心で回る第91回日本ダービー(GⅠ)と言う事に成るだろうが、常にその時代のリーディングサイヤー産駒がクラシックを制する事が多い。

 

3歳部門も4歳以上部門も今現在のリーディングサイヤーはキズナで、このブログの競馬教室に置いて度々登場し、その特徴も解説して来たが、どちらかと言うと種牡馬は牝馬・牡馬共に活躍馬を出す事は少なく、偏った傾向での活躍馬を出すのが一般的である。

 

一時期テスコボーイ・トウショウボーイが絶大な人気を集めた時代が有ったが、巷ではあまり話題にはならなかったが牡馬は大活躍したが、牝馬は牡馬に比べ極端に活躍馬が少なかった。

 

生産者に取っては高値で取引される牡馬に注目するのは当然で、馬の良し悪しより同じ血統なら牝馬の倍の値で取引されるのが常識で、キズナ産駒は牝馬も牡馬も、芝もダートもくまなく走る事から若くして3歳部門も4歳以上部門もリーディングカンパニーとして活躍していると言える。

 

おなじキズナ産駒シックスペンスのデビューから3戦3勝の負け知らずで、巷の評価は月とスッポンほどの差が有るが、この馬の弱点を考えれば、この3連勝はGⅠ馬に匹敵するほどの価値が有ると言える。

 

先週のオークス(GⅠ)でも人気馬の同じ状況に置かれた馬が居たが、どんなに血統が良かろうが、人気に成ろうがダメなものはダメで、黒が白に替わる事は私の眼では有り得ない話でもある。

 

マスメデアがどんなに忖度しても、管理する調教師が絶賛しても私自身の信念・ポリシーは変わらないし、馬の診る眼だけは誰にも負けないと言う自負がある。

 

だがらこそデビューの段階で後のGⅠ馬・JR馬を公開出来るのであって、2024年度のクラシックホース・GⅠ馬全勝パーフェクトは偶然でもまぐれでもなく、必然的なものと愛読者の皆様も理解してくれている筈だ。

 

「危険度99%・混ぜるな危険ムキーッとはこの事で、自分の信念・ポリシーを貫けば見えないモノも見えて来ると言う証でもある。