まず、北海道新聞に乗っている記事です

 

 

胆振東部地震1年 犠牲者悼む 遺族や知人次々

2019.09.06 13:29 北海道新聞

 

 【厚真、安平、むかわ】

道内で初めて震度7を観測した胆振東部地震から1年を迎えた6日、

地震で最も多い37人が犠牲となった胆振管内厚真町では

遺族や知人らが地震発生時刻となった未明から次々と

土砂崩れの発生現場などを訪れ、花をささげ、目を閉じて手を合わせ、

犠牲者を悼んだ。

同じく建物倒壊など被害が大きかった同管内むかわ、安平の両町と

札幌市は朝から防災訓練を行い、1年前の教訓をつないでいこうと誓い合った。

 土砂崩れで19人が亡くなった厚真町吉野地区の被災現場には

地震発生時刻の午前3時7分ごろから次々と遺族や知人らが追悼に訪れ、

自宅があった場所で手を合わせる遺族もいた。

崩れた山の斜面は復旧工事が進められ、

近くに設けられた献花台に花を手向ける工事関係者の姿もあった。

 職員に犠牲者が出た厚真町役場前でも地震発生時刻、

同僚ら約100人が集まり、町内の犠牲者数と

同数の37本のろうそくをともした。

ろうそくを入れた紙コップには

「町民が安心して暮らせるまちづくりを目指します」と復興を誓う言葉が添えられました。

 

以下省略

 

以下私の話なのですが

 

地震が起きました、深夜3:07は

地震が、起きた1年前も、そして今日も仕事をしていました

1年前は、きれいな星空でしたが、街の灯りは、消えてしまいました

1年後の今日は、くもりそらで、星は見えませんでしたが

いつも通りの街の灯りが灯って(ともって)いました。

 

そして、全道停電になり、情報収集が3日間できずらくなりました。

 

被災されたところでは、いまだに仮設住宅に住んでいる人がいる一方で

停電だけで済んだ地域の人たちは、

停電対策を進めています。

 

私の家も、乾電池式ランタンを導入しました。

あと、私の家は、一軒家でしたから、水道は何ともなかったですし

ガスも、プロパンガスですから、普段通りに使えました。

食料や飲み物の備蓄もありました

(私の家では、缶コーヒーは、箱買いをいつもしています)

そして、乾電池の備蓄もありました。

そこのところは、よかったと思います

 

最後に、いまだに仮設住宅で避難生活をされている人の

1日も早くの元の生活に戻られることをお祈り申し上げます。

関連画像

 

動画 北海道新聞 胆振東部地震から1年 地震直後と今の姿を比較

 

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