「猫背」の効用 | 馬術稽古研究会

馬術稽古研究会

従来の競技馬術にとらわれない、オルタナティブな乗馬の楽しみ方として、身体の動きそのものに着目した「馬術の稽古法」を研究しています。

ご意見ご要望、御質問など、コメント大歓迎です。



  先日急逝された元プロ野球監督の野村克也氏についての報道で、改めて彼のプレーヤー、監督としての凄さを再認識しましたが、

その中で、ふと気になったことがあります。

 それは、写真で見る、野村氏を含む往年の名選手達の「姿勢」に、
近年のプレーヤーとはずいぶん違う部分がある、ということです。



 


 写真はメジャーリーグの選手ですが、
最近では日本の高校生の選手などでもだいたい同じような感じだと思います。


それに対して、往年の選手たちの写真はこんな感じ。




お判り頂けただろうか…。(笑)

  現代のスラッガーたちが、やや反らし気味にした上体を投手に背中を向けるように捻り、後ろ側の肘を高く上げた、いかにも力強いスイングをしそうな構えなのに対して、

野村克也、王貞治、長島茂雄、川上哲治、ミッキー・マントル…と言った往年の名選手たちの構えは、
何故か皆一様にいわゆる「猫背」気味の、なんとも力感のない感じに見えるのです。


 スポーツにおける打撃や投擲運動では、

上体を捻り、後ろ側(利き手側)の脇を開けて高く上げた肘を、腰の回転とともに絞るように前に持ってくることで上腕を外旋し、
その際引き伸ばされた肩周りの筋肉が急速に収縮しようとする反射によって腕全体が内向きに捩り戻される動き(RSSC=ローテーター・ストレッチ・ショートニング・サイクル)と、遠心力との掛け合わせによって発生する「コリオリの力」を利用することで、
腕や道具の先端をムチのように急加速させる、

というのが、良いパフォーマンスのためのコツとされています。

  投手の球種や球速が昔よりも格段に増した現代の野球でも、
ボールをギリギリまで引きつけ、昔よりも2〜300gほども軽いバットの軌道を微妙に調整しつつ、上記のような方法による速いスイングで一瞬で打ち抜くような打撃技術が求められるようです。


  スイングの原理は今も昔も変わらないはずですが、昔は投手の変化球の種類や球速も今ほどではなく、
  ホームランバッターの打撃スタイルも、1Kg以上もあるようなバットの重量と慣性力のエネルギーを使ってボールを遠くへ運ぶような感じの打ち方が多かったのではないかと思います。

  文字通り「世界のホームラン王」の王さんも、チームの中では非力な方だったといいますし、当時の映像などを見ても、やはり今のバッターのスイングに比べると、比較的ゆったりとした動きにも見えます。(実際に近くで見ればもの凄いスイングだったのでしょうが)


  こうした身体の使い方の違いが、前述したような構え方や体型の違いにも現れているのではないかと考えられます。



   ・「甲腕一致」と「0ポジション」

 
  人間以外のいわゆる「四つ足」の動物では、
地面と平行な脊柱から、肩甲骨と上腕骨とが一直線に並ぶような形で地面に向かっています。




こうした動物たちは、人間のように腕を横に開くことは出来ず、前肢は専ら体重を支える役割を担います。


  それに対して、哺乳類の中でほぼ唯一の二足歩行の動物である人間の肩周りの骨格は、腕を横や後ろに大きく開くような動きの出来る、非常に特殊な形をしています。


  長い鎖骨のおかげで腕を横や後ろへと大きく開いて使うことが出来るようになった反面、
四つん這いの姿勢になっても肩甲骨は腕の骨と直交するような形で背中に貼り付いたままで、体重支持には殆ど参加しないため、

動物たちとは違って、腕(前肢)の筋力で体重を支え続けることになり、長時間では大変です。




  人間が、動物たちのように肩甲骨と腕とを一体化させて使うためには、肩甲骨の向きを腕の角度に合わせる(甲腕一致)必要があり、
 それを可能にするのが「0ポジション」と言われる形です。





  ピッチャーのワインドアップモーション、あるいはホームランを打ってバンザイをするような時にも自然に現れるこの形によって、
肩周りの筋肉群の張り具合が均一になって上腕の内旋、外旋時に肩周りの筋肉に負担をかけることなく、腕と体幹を連動させることができます。

  言い換えると、人間は、普段の立位の姿勢では0ポジションにはならず、常に肩周りの筋肉に負担をかけていることになります。
 ピッチングでよく「肘の下がった」フォームが良くないと言われる理由の一つがこれで、
力を入れて投げてもなかなかパフォーマンスが上がらないだけでなく、そのような形でプレーを続けることで故障に繋がる可能性も高くなります。

  バッターたちの後ろ肘を上げた構えも、腕の角度を肩甲骨に揃え、0ポジションを実現する為に自然に辿り着いた形なのでしょう。



 
  そうして見ると、往年の選手たちの、猫背で肘を下げ、両脇を絞ったような姿勢は、セオリーに反しているようですが、

実はこの姿勢にも、「甲腕一致」を実現するためのヒミツが隠されているのです。


 試しに、背中をやや反らし気味にしてバットを肩に担いで立ったところから、
ぐっと背中を丸め、両肘をお腹に近づけるようにして、寝かしていたバットを立ててみると、

自然と往年のバッターの「猫背の構え」に近い形になるのではないかと思います。


  この時の「背中の丸み」こそが、
背中に貼り付いた肩甲骨を外側にずらし、上腕骨と一緒に肘の方向を向いた形(立甲)にして、「0ポジション」に近い状態を作り出していることの証なのです。

  「猫背」のバッターたちは、このような身体の使い方によって両方の肩甲骨からバットの先端までをまるで一本の腕のように使うことで、重いバットを軽く扱うことに成功していたのではないかと考えられます。


  昔のバッターたちは、重たいバットで何万回もの素振りを繰り返す中で、自然とそうした身体の使い方を身につけていったのでしょう。

  同じバットを今のバッターのようなフォームで振り続ければ、おそらく上体の筋肉や腱に負荷がかかり過ぎて肩や肘、手首、あるいは脇腹などを傷めてしまうのではないかと思います。


・乗馬時の背中の使い方

  乗馬のレッスンでは、

胸を開いて!
肘を引いて!
顎を引いて!

といった指導が昔から一般的ですが、

例えば、背中を反らして胸を張り、両肘を締め込んだ形を頑張って作るよりも、
肩を下げながら肩甲骨を開き、肘の方へ向かって前に出すようにする方が自然と脇が締まり、ブレーキや拳の随伴もスムーズになるでしょうし、

競馬で馬を追う騎手や、障害飛越での上手な人のフォームを見れば、
背中の上部に丸みをもたせた立甲の形で、拳を楽に随伴させていることがわかります。





   本物の猫のような「前屈み」の姿勢では、さすがにバランス的に問題でしょうが、

『立甲』『0ポジション』を意識しながら、肩甲骨を「腕の一部」として積極的に働かせるようにしてみることで、
苦手な馬でも、リラックスした雰囲気でスムーズに乗れるようになってくるかもしれません。