「折り返し手綱」が効く理由 〜「動滑車」の原理 〜 | 馬術稽古研究会

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従来の競技馬術にとらわれない、オルタナティブな乗馬の楽しみ方として、身体の動きそのものに着目した「馬術の稽古法」を研究しています。

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   乗馬クラブでは、会員さんの安全のために「サイドレイン」や「ネックストレッチ」といった道具を使用して、馬自体の動きを抑制・安定させようとすることも多いと思いますが、

  ある程度バランスが安定していて、扶助操作にも余裕があるような方に対しては、
「折り返し手綱」の使用を勧めることもよくあるのではないかと思います。



  「折り返し」は、その名の通り、細長い手綱の先端を腹帯に取り付け、そこからハミ環を通して手元の方へ折り返すような形で使用するもので、

求める姿勢や運動内容、馬のハミに対する感受性によって、腹帯の下側に付けたり、両サイドに付けたり、というように使い分けます。



  普通の手綱だけの場合に比べ、

テンションが上がりやすく、頭を高くしてハミをはじいてしまうような馬でも、顎の譲りを促してリラックスさせることが容易になったり、
力が強くてちょっと抑えるのが大変な馬でも姿勢やスピードを安定させやすくなるということで、

主に馬場馬術のレッスンや、競技馬のトレーニングなどでよく使われています。

  近年では、手で持つのではなく、サイドレインのように腹帯や鞍の前喬部分に繋いで使用する固定式のタイプのものも普及しているようです。

  見た目にはいかにも窮屈そうで「雁字搦め」な感じにも見えますが、

手で操作しなくても良いため、バランスの不安定な乗り手が折り返し手綱に体重をかけてぶら下がったり、短く手繰り過ぎたりするような心配がなく、

また、腹帯とハミとを直結する「サイドレイン」に比べて、馬の口への当たりが柔らかく、馬がパニックを起こしにくいというメリットがあります。



・「なんで?」

  このように便利な折り返し手綱ですが、

これほど馬を制御しやすくなるのは、一体どういう原理が働いているのでしょうか?

  その作用機序について深く考えたこともなく、

やれ「ハミを外されないように、しっかり引っ張って、もっと座って前に出さないと」だの、

「折り返しで楽をしても練習にならないから、私は使わない」だの言いながら、

毎度のようにクラブの練習馬たちに「叱られ」、弄ばれているライダーの、なんと多いことか…。(笑)


  「チコちゃん」風に言うなら、

「折り返し手綱を使うと馬を抑えやすくなるのは、
(ドドン♪)
『動滑車の原理』が働いているから〜 」


といったところでしょうか。


  

  と言われて、「?」となった方のために、
一応説明すると…


  重いものを引っ張って動かしたり、吊り上げたりするときに、「滑車」を使うと作業が楽になることはご存知だと思います。

井戸の釣瓶のように、天井や壁などに固定して使われる「定滑車」に対して、  



固定物ではなく、荷物の方に滑車を繋いで、通したロープを引くことで、滑車ごと移動させるような形で使用されるものを「動滑車」といいます。



「定滑車」と「動滑車」の作用の違いは、

定滑車は、力の方向を変えるだけで、物体を動かすのに必要な力の大きさは変わらないのに対し、


動滑車の場合は、ロープの一端を固定し、固定されていない反対側の方を引くことで、引っ張る距離は2倍になる代わりに、力は半分で済む、という特徴があります。



  このような特性を利用して、動滑車は牽引用のウインチや、クレーン等、様々な作業用の器具や機械に応用されています。


   これを乗馬に当てはめて考えた場合、

上の図の、オモリを直接ロープで引き上げている状態が、
普通の手綱で直接ハミを引っ張っている状態だとすると、

定滑車を介して方向を変え、下向きに引っ張っている状態は、
(こんなことはあまりないと思いますが)例えば手綱を鞍のサドルホルダーなどに通して折り返し、前方向へ向かって引っ張るのと同じような感じだと言えます。


  そして、荷物に繋いだ動滑車に通したワイヤーを引き、吊り上げたり横移動させたりしている状態が、

腹帯からハミ環を通して折り返した手綱を、乗り手が後方に向かって引っ張っているような状態ということになります。

力の方向を変える、いう滑車の特性によって、手前に引き上げるような拳の使い方でも馬の顎を下向きに抑えることが出来る、というだけでなく、

  ハミ環に通した手綱が滑りながら力を伝えることによって、

「引く長さは2倍になる代わりに、引く力は半分で済む」という動滑車の原理が働いて、
楽に馬の顎を抑えることができるわけです。



乗られている馬の視点から考えてみると、

 手綱が滑り、ハミとの接点が常に移動することで、力点(拳)、支点(腹帯)、作用点(ハミ)の位置関係が刻々と変わり、合力の方向が微妙に変化するために、

顎を上げて抵抗しようとしても、抑えてくる力の出所がわからずに対応が遅れ、弾き返すことが出来ずに抑えられてしまう、というような感じなのではないかと思います。


このような、自分の動きの支点をズラしていくことで、相手の動きには一切つきあわずに抑えていくような感じというのは、ある意味武術的とも言えるものだと思います。






抑えられる側の感覚を譬えていうならば、

行政に不服申し立てをしようと怒鳴り込んだものの、次々と違う役人が出てきては一から同じ説明をさせられた上に、
こちらの言い分は一切聞かずに同じ内容の主張を淡々と繰り返されて、結局は泣き寝入りさせられてしまう、といったところで、


 馬の側からすると、抵抗しようとしているにもかかわらず「得体のしれない力」で圧倒的に抑えられてしまう、というような感じでしょうから、

若い馬などの場合には、初めて折り返しを使うとパニックを起こして立ち上がったり、後ろへひっくり返ってしまうようなこともよくあります。



そのような作用の強力さから、

「もうこれなしでは乗れない」というような熱烈な愛好者の方から、
「あんなものは凶器だ」「虐待だ」という絶対否定派の方まで、

反応も賛否両論様々なのですが、


要は道具ですから、「使い方次第」ということなのだろうと思います。


  ということで、ここからは、
「動滑車の原理」を考慮に入れた、折り返し手綱の上手な使い方について考えてみたいと思います。



  何度も述べているように、動滑車の大きな特徴は、

①引く長さは2倍になる代わりに、

②引くは半分で済む

ということです。


  この特性が折り返し手綱にも働くと考えると、

①の特性によって、馬の顎が手前に動く量に対するの拳の動きの量は、単純に考えると通常の手綱の場合の2倍になります。
(一般的に折り返し手綱がとても長いのはこのためでもあるのだろうと思います)

ですが同時に、②の特性によって、ハミに作用する力も通常の2倍になっていますから、
わずかな力のつもりでも馬の顎には思った以上の強いプレッシャーがかかります。
(細くて軽めな素材で作られていることが多いのはこのためだと考えられます)

  そうして馬が顎が手前に動いたとき、①の特性によって拳はその動きの2倍動くと考えると、

通常と同じ強さの力で引っ張った場合、
極端に言えば、拳は通常の手綱の場合の4倍くらい動くことになり、

  そもそも手綱に体重をかけてぶら下がるようなバランスで乗っていた場合(本人はそれに気づいていなかったりすることも多いですが)、

手綱を引っ張られた馬が顎を譲ることで拳が後ろに大きく動き、そのために重心が後ろに落ちて手綱にぶら下がるようなバランスになって、さらに引っ張ってしまう、

というような悪循環に陥り、バランスが回復出来なくなったり、

手綱に頼ってバランスを保つために、通常の手綱と同じような手応えを求めて無意識のうちに手綱をどんどん手繰って、短く詰め過ぎてしまったりして、


 キツ過ぎるプレッシャーによって馬が顎を巻き込んで逆に止まらなくなったり、パニックを起こしてひっくり返ったりすることになります。


   上記のような特性によって、折り返し手綱の操作では普通の手綱の場合よりも拳が大きく動くことになり、同時に、思っている以上に強く引っ張り過ぎてしまいやすい、ということになりますから、

  普通の手綱の場合以上に、ハミのコンタクトの状態を知覚する繊細な感覚や、拳を大きく動かしてもバランスを崩さないような、腕と体幹の動きの独立性、自分のバランスへの意識といったことが求められます。



 ・折り返し手綱を使いこなすためのバランス

  拳を動かしてもバランスを崩さないようにして、必要以上に引っ張り過ぎてしまわないようにするためには、

手綱を引くために体重をかけて「ぶら下がって」しまわないことが大切です。


  そのためには、よくいわれる、踵を踏み下げて、上体を起こして、というような姿勢よりも、

首の付け根から鳩尾、両肘の間の辺りをぐっと前に張り出すようにして、身体の前面のラインを鐙よりも前にキープするような意識で、鐙に真っ直ぐに体重を落とせるバランスで座るようにした方が良いのではないかと思います。


  その上で、拳をなるべく後ろに持って来ないように、身体の前にあるちょっと高めの台の上に肘を置いて立っているようなイメージで、拳を空間に静定させ、
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手綱を控えるときはいきなり体重をかけて両手綱を後ろに引くのではなく、片方の拳を静定させ、もう一方の拳を、肘を曲げて軽く上に持ち上げるような感じで使うようにしてみると、

鐙に載ったバランスを保つための身体の随伴の動きと、拳の動きとが相殺し合うようなことなく、同時並列で独立的に行いやすくなるのではないかと思います。



 内方拳を小さく持ち上げるようにして馬の顔を内に向けながら顎を譲らせ馬の柔軟性を保ちつつ、外方のハミで馬の首の長さを保持するようにして、馬のスピードや歩幅を一定にキープ出来るように練習していくと、

少しずつ、馬をリラックスさせ、折り合いをつけたり、手綱を緩めて馬を伸ばし、ハミに出すような感覚も掴むことが出来るでしょう。

   

色々副作用もあったり、ややこしくてはじめは混乱してしまったりすることも多い折り返し手綱ですが、


無理矢理馬を縮めて抑え込むだけでなく、逆に馬に身体を伸ばすように促したりしながら、手綱で馬と会話してみることで、

乗馬の楽しみがさらに広がるのではないかと思います。



  因みに、本当に動滑車そのものを使った道具もあります。

『バランシングレーン』




『ペソアシステム』




どちらも、頭を上げて背中を反って動くような馬の身体の使い方を変え、筋肉を鍛えるトレーニング用具ですが、

動滑車の、力の方向を変えて衝撃を逃すような働きを利用することで馬の苦痛を和らげ、 
適度な負荷を与える効果があるのだろうと考えられます。

  機会があれば、こうした道具を使ってみることで、新たな気づきが得られるかもしれません。