『謙譲の美徳』と、慣性力の使い方 | 馬術稽古研究会

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従来の競技馬術にとらわれない、オルタナティブな乗馬の楽しみ方として、身体の動きそのものに着目した「馬術の稽古法」を研究しています。

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  「武術を基にした身体操作の研究家」として知られる甲野善紀先生がご紹介されている身体操作の技の一つに、

『謙譲の美徳』

というのがあります。


  相手を押そうとするときに、足で地面を蹴りながら自分の上体を前に倒して、相手にもたれかかるようにするのではなく、


「前から大きな掃除機で吸引されたようなイメージ」で地面を蹴らずに前進しつつ、

相手の身体に触れた瞬間、歩いていて人にぶつかりそうになったときに「おっと!失礼」と飛び退がって道を譲るような感じで自分の身体に急激にブレーキをかけるようにすることで、
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壁に激突した自動車から乗っている人がフロントガラスを突き破って飛び出してしまうのと同じような慣性力のエネルギーを発生させることよって、相手が突き飛ばされてしまうほどの思いがけない力が出る、というものです。

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  「自ら身を引いて譲ることで思いがけない宝を得る」という意味で、この術理は別名を『日本昔話』とも言われているのだそうです。(笑)





 


  弓道で矢を射るとき、弦を引き絞ったところから放つことで、元の位置に戻ろうとする弦に押された力で矢を飛ばしているわけですが、

その時、剃刀の刃などを使って、弦が元の位置に戻る直前あたりで切れるような仕掛けにしておくと、矢は驚くほど威力のない飛び方になって、途中で落ちてしまうだろうと考えられます。


弓の弦は、放たれた際の弓の弾性によって元の位置に戻ろうとしますが、すぐに元の形に戻るのではなく、慣性力によって一度その位置を通り越してからまた元に戻る、というような動きになっていて、その瞬間、強力に矢を弾いて推進しているのです。


  バレーボールのトスやバスケットボールのパスなどでボールを手で弾いて飛ばすときにも、同じような原理が働いているのではないかという気がします。


  ボールを腕の力でただ押し出しているのではなく、むしろ逆方向に止めようとするような力を使って腕の動きに急激にブレーキをかけてやることで、

慣性力のエネルギーによって指先を加速させ、ボールを弾き出しているのではないか、というように考えられます。







  甲野先生の技で言えば、「手裏剣術」でも、腕や上体を大きくうねらせて投げるのではなく、わずかな重心移動と急激なブレーキによる慣性力のエネルギーによって手裏剣を飛ばしているように見えます。







・  「謙譲の美徳」を応用した脚の使い方

  このような原理は、空手や中国拳法などの発力の原理としても有名なものですが、

これを乗馬の脚とか、鞭の使い方にも応用出来ないだろうか?というアイディアが浮かんできました。

 
 乗馬のレッスンで、特に初心者の方々が
一生懸命脚を動かして馬のお腹を押したり蹴ったりしても、なかなか思うように馬を推進出来ずに苦労されているような場面をよく見かけます。

 
   脚に力を込めて馬体を挟んで、足を馬に押し付けようとしても今ひとつ力が伝わっていないような感覚から、「自分は脚が弱い」とお悩みの方も少なくないのではないかと思いますが、

上手く扶助が伝わらない原因は、「力の強さ」ではなく「力の入れ方」に問題があることも多いように思います。

 
  脚で馬のお腹を圧迫する際、ただ内腿の力で挟んで脚を押しつけ続けるのではなく、

馬のお腹の表面に足が少し触れたところで、脚にグッと力を込めて急停止させるような感覚でやってみると、ずっと挟みつけているような方法よりも、扶助が伝わりやすくなるかもしれません。


  このような脚の使い方によって、扶助をいつまでも使い続けるのではなく、馬が理解して動いてくれた瞬間にプレッシャー解放する(譲る)ことが出来るため、

効かない脚をダラダラと使い続けるような乗り方に比べ、馬との良い関係を築く上でも圧倒的に有利だろうと考えられます。(まさに、「謙譲の美徳」ですね。)

  こうした方法を続けることで、馬がだんだん重くなってしまう、というようなことも起こりにくくなってくるのではないかと思います。



  また、初心者の方にとっては、鞭(ムチ)を使うこともなかなか難しいもので、

  指導者に「もっと強く!」などと言われて、腕に力を入れて強く叩こうとしても、肩や肘が上がったりしてギクシャクしてしまいがちだと思いますが、


まず鞭の先端が馬の身体のどのあたりに当たるか見当を付けておいてから、

鞭を振る時の拳の回転の動きを、鞭が馬の身体に触れるか触れないかというところで急激に止めることで、慣性力と鞭の弾力によって鞭の先端を加速させ、ペシッと音を鳴らすような感じにしてみると、上手く効かせることが出来るのではないかと思います。




・謙譲の美徳を応用した随伴

   また、この『謙譲の美徳』の「吸われるような」動き方は、

陸上の短距離走のスタートダッシュなどの際、上体に力を入れて前に出そう出そうとするのではなく、前に傾こうとする頭を逆に後ろに引こうとするような意識の方が自然に胸が前に出て、スムーズに加速出来る、
というような形で応用することも出来るのだそうです。



  乗馬でも、例えば軽速歩の際、鐙を足で蹴って立ち上がろうとするために、上体が馬の前進する動きに重心が置いていかれて、尻餅をついたようなバランスからなかなか抜け出せない状態になっているような方もよく見うけられますが、

そんなとき、前方から上体ごと吸いよせられるようなイメージで、自然にみぞおちあたりからスッと前に行くようにしてみると、鐙を蹴るような必要もなくスムーズに立ち上がりやすくなるかもしれません。


  この方法は、駈歩の動きについていこうすると、つい頭が突っ込んで前のめりになってしまう、というような方とか、

障害飛越の際、写真で見るようなカッコいい飛越フォームを意識しても、実際にはお尻を後ろに突き出したような「へっぴり腰」になったり、頭だけ前に傾けて重心が後ろに残った猫背の姿勢になったりしてなかなかしっくりこない、というような方にとっても有効なのではないかと思います。






『謙譲の美徳』の重心移動のイメージとしては、

「前から大きな掃除機で吸われるようなつもりで」というものの他に、

「背後から銃で撃たれたようなつもり」(笑)で、ガクッと脱力するようにしてみる、なんていうものもあります…。



  興味の湧いた方は、是非お試し頂いて、
ご感想、他のイメージ方法などコメント頂ければ幸いです。(^^)