「がぶり寄り」と、乗馬の随伴 | 馬術稽古研究会

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従来の競技馬術にとらわれない、オルタナティブな乗馬の楽しみ方として、身体の動きそのものに着目した「馬術の稽古法」を研究しています。

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・伝家の宝刀
 
  元大関・琴奨菊関の得意技としても有名な相撲の身体の使い方で、「がぶり寄り」と言われるものがあります。
 


 
「がぶり寄り」とは、相手と胸を合わせた状態からまわしを引き付けながら、自分の腰を落としては下からお腹をぶつけるようにして、腰を入れて押し上げるような動作を繰り返しながら寄り進む方法です。
 
  ただ前後に腰を振っているだけのようにも見えますが、腰を落とした瞬間の抜重によって自身の足を浮かせ、前に踏み込みやすくするとともに、
自身の重心の沈下によって相手の重心を相対的に高くすることで浮き上がらせ、押しやすくするという、
中国武術の「発勁」とか「震脚」などにも通じるような、とても高度で合理的な技です。
 

  かつては、双葉山のがぶりが絶品だったといわれ、また荒勢琴風なども得意にしていました。
 
 
 
・乗馬にみる「がぶり」
 
 
  この  「がぶる」動きを横から見ると、身体を波のようにうねらせているような感じで、なんだか乗馬の駈歩や正反撞の随伴に似ているな、と思ったことのある方もいらっしゃるのではないでしょうか?
  
 
  乗馬の騎手の背骨のうねり上げるような動きは、確かにお相撲さんの「がぶり寄り」に似ています。

  「がぶり寄り」で相手を押し上げる時、一回一回腰を落としながら少しずつ前進するのと同じように、

一歩一歩腰を入れるように重心を前へ移動させながら坐骨を馬の背中の動きに随伴させることで、馬の動きを妨げず、姿勢やバランスを保つことが出来ます。
   
 
  また、乗馬では、停止や後退、駈歩や障害飛越のために、馬の体勢を起揚させ、重心を後肢寄りにしたようなバランスを保つことを求められる場面が多いものですが、その際、後肢から馬の背骨を通って伝わってきた馬の推進力を、ハミでしっかり受け止めてやる必要があります。
 

  当然、このときハミには相当の重みがかかりますから、騎手がその重みに堪えるためには、膝で鞍を挟む、というようなことだけでなく、上手く身体を使って、全身の骨格で受け止めるのがコツです。
 
 
  相撲の「がぶり」が、相手の重みを自分の腰に載せ、持ち上げやすくするのと同じように、乗馬の随伴の「がぶり」も、拳にかかる馬の頭の重みを全身の骨格で受け止め、鐙へと伝えるということに役立っているのかもしれません。
 

 
  それから、この「がぶり」には、馬のテンションを高めてより力強い動きを促す、という効果もあります。

  障害飛越の選手や競馬のジョッキーが、上体をやや起こし、腰を丸め、尻で押すようにして馬を推進しているのを見たことがあるのではないかと思いますが、

   「がぶり」の動きや拳の随伴のタイミングや強さを調節して馬への負荷を微妙に変化させることによって、馬のテンションを上げて、より力を発揮してくれるようにしているわけです。

  
 


・「がぶり」の弱点
 
 そんな効果のある「がぶり」ですが、弱点もあります。
 
 それは、 身体をうねらせるような動きを繰り返すため、動きが単調になったり、相手の動きと関係なく自分勝手に動くような感じになりやすいことです。
 
  体重も馬力もあり、一気の出足を誇る琴奨菊関が、モンゴル出身の横綱たちにはいとも簡単に転がされていたりしたのも、

全身を規則的にうねらせるようにして「がぶる」琴奨菊関の動きが、相手にとっては投げ技やひねり技のタイミングを計りやすいからなのかもしれません。
 
 


 
 
  乗馬でも、馬の動きに遅れずに随伴するためには、ある程度馬の動きを予測して、能動的に動いてやる必要があるわけですが、

頭で勝手に考えて作ったような単調なリズムで闇雲に「がぶって」いると

実際の馬の動きとタイミングや方向が合わなくなってきて、不意に馬が躓いたり、跳ねたりしたような場合に、大きくバランスを崩して落馬してしまったりする危険もあります。
 
 
  武術の世界では、相手の動きを見切ってから、なおかつ動き遅れないように制することを「後の先(ごのせん)」などと言ったりしますが、

乗馬で「がぶる」ときにも、手前勝手に単調な動きを繰り返すのではなく、常に全身の感覚を研ぎ澄ませて馬の動きをよく「観て」動くことが肝心、ということになるのだろうと思います。