秘技・コリオリ落とし! 〜落馬の科学 | 馬術稽古研究会

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従来の競技馬術にとらわれない、オルタナティブな乗馬の楽しみ方として、身体の動きそのものに着目した「馬術の稽古法」を研究しています。

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  馬に乗ろうというときに、「落馬」のことはあまり考えたくないものだと思います。


  実際、「落ちるかも」などと考えた途端、その観念に縛られて必要以上に緊張してしまって馬の動きを妨げたり、余計なプレッシャーを与えたりして、それが馬の反抗やイレギュラーな動きを招いて、本当に落馬しやすくなったりということもよくありますから、 

「.自分だけは大丈夫」と自らに言い聞かせて、なるべく考えないようにしている、という方も多いかもしれません。
 
  しかし、そもそも動物の背中に跨って遊ぼうという時点で、既にかなりのリスクを背負っていることは事実なわけですから、落馬すること自体は、やはり当然起こりえることとして考えておくべきでしょう。
 
  
  ところが、乗馬に関する書籍やビデオなどの中に、落馬について詳しく述べられているものはほとんどありません。
 
 
  ということで、ここでは落馬のメカニズムと、落ちにくい乗り方について述べてみたいと思います。



  ・馬の必殺技
 
  落馬のパターンとしてよく見られるのが、騎手の身体が前のめりになると同時に、左右どちらかにバランスを崩し、落馬にいたる、という落ち方です。
 
  馬が物見をしたりして急停止、急旋回したような場合によく起こるものですが、中には、わざとこれをやって人を落とすのが上手い、「達人」のような馬もいて、何か気に入らないことがあると、この必殺技を繰り出してきたりします。
 
  そういう馬が人を落とそうとするときの手法としては、尻ばねしたかと思うと直後に頭を思い切り下げ、同時にクルっと急旋回して騎手を振り落とす、というようなやり方が一般的です。
 
  お尻が跳ね上げられた所に手綱をガツンと下に引っぱられて上体が前のめりになった瞬間、クルっと回られると、騎手の身体はいとも簡単に横に放り出されてしまいます。
 
  上手な馬になると、それこそ柔術の達人の「体落とし」のように、
「気がついた時には地面にいた」というくらい、鮮やかなものです。
 

 
  
・なぜ、落ちてしまうのか?
 
   それにしてもなぜ、こんなにいとも簡単に落とされてしまうのでしょうか?
 
  それは馬たちの使うこの「必殺技」が、力学的に非常に理に適ったものである、ということに加えて、
私たち人間が頭で考えても、そこに働く力の方向を予測することがなかなか難しいからだと考えられます。
 
 
・3次元の揺れ
 
  馬に乗ると、馬体が揺れるのを感じると思います。
 
  現代の私たちがわざわざ馬に乗る目的は、まさにこの「揺れ」を味わうためだといっても良いでしょう。
 
 この揺れは、上下振動と、左右、前後方向への回転運動、水平面上の回転運動の組み合わせによってできている、と考えることができます。
 
 
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①前後方向への縦の回転運動は、
「ピッチング・モーション」、
 
②左右方向への横揺れ運動を、
「ローリング・モーション」、
 
③水平面上で回転するような運動は、
「ヨーイング・モーション」、
 
と呼ばれます。
 
  馬の揺れはこれらの別方向のモーションが複合的に組み合わさって出来ているわけですが、このことと、前述のような落馬が起こるしくみには深い関係があります。
 
  複数の軸回転が組み合わせられることによって、騎手の予想もつかないような方向に向かって力が働くからです。
 
 
・ジャイロモーメントと「コリオリの力」
 
   直進している自転車のハンドルをいきなり左に切ると、その瞬間、自転車は右に倒れようとします。
 
  前向きに回転(ビッチング)している車輪に、ハンドルを左に切る動き(ヨーイング)を加えると、そのいずれの回転軸とも垂直に交わるもう一つの回転軸を中心とした、右方向への回転(ローリングモーション)が発生するわけです。
 
  このときの、初めの回転と、あとから加わった回転、そして、その結果起こった回転との関係を人の右手で表すと、次のような感じになります。
 
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図の③のように、①と②の掛け合わせによって結果的に起こる回転運動は「ジャイロモーメント」、
そしてそのようにして発生した、物体の運動に見かけ上のズレを引き起こすような力は、
「コリオリ力」と呼ばれます。
 
  
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  前述の落馬の場合で言うと、馬に頭を下げられることによって騎手が前のめりになる動きが「ピッチング」、馬が身体をクルっと向きを変える動きが「ヨーイング」、そしてそれによって、騎手の身体が横に振られて傾く動きが「ローリング」で、
 
そのときに起こる、騎手の身体を鞍から引き剥がし、横に放り出すように働く力が、「コリオリ力」ということです。
 
 
  コリオリ力の大きさは、それぞれの回転の速さ(角速度)によって決まります。
 
  つまり、馬の動きの加速度(速度の変化量)が大きく、回転半径が小さいほど、鮮やかに『技』が決まる、ということになります。
 
 
  このような、騎手が最も堪えにくく、指導者にとっても最も防ぐことが難しい落馬のパターンを、『ジャイロ落馬』、
 
そして、これを生み出す、馬の「落としの究極奥義」を、『コリオリ落とし』
とでも名付けたいと思います。
 
 
 
・落ちないためには?
 
『コリオリ落とし』によって「運転席から放り出される」ことを防ぐためには、ジャイロモーメントの発生をなるべく防ぐということが有効だろうと考えられます。
 
  つまり、回転運動の掛け合わせによるジャイロモーメントがなるべく生まれないように、騎手の身体にピッチングやヨーイングといった「回る動き」が起こらないように意識して乗ることで、予想外の力に振り回されずに済むようになるのではないか?ということです。
 
 
  対策のまず一つは、騎手の身体のピッチングモーションを減らす工夫です。
 
  頭や上体、あるいは脚が振り子のように前後に揺れてしまわないないように、みぞおちや脇腹あたりを張り出すようにして馬の進行方向へ重心を移動させることによって、
なるべく上体を垂直に保つようにすることで、ピッチングモーションを少なくすることが出来るのではないかと考えられます。
 
  ふいに馬が暴れたような場合に、馬が頭を下げても上体が前に振られないように頑張って起こすようにするだけで、その次にヨー軸回転されても耐えられる確率が上がるのではないかとと思います。
(指導者が、落ちそうな人に対して「体を起こして」「踵を下げて」などというのは、そういう意味でも理に適っていると言えます。)
 
 
 それから、騎手自身のヨーイング、すなわち、脊柱を軸にして左右に回転するような身体の使い方をなるべく避けるようにしてみる、というのも良いと思います。
 
    例えば、駈歩では、馬が後肢から前肢へと体重移動する時の加速度によって、騎手の上体には後ろから引っ張られる(いわば後ろ向きの回転)ような慣性力が発生するのと同時に、

外方から内方の肢へと馬の荷重が転移することよって、騎手の身体には、腰が外方側へ引っ張られるような、横向きの回転(ローリング)が加わります。
 
これらの直交するモーメントの組み合わせにより、前述の右手の法則にしたがって、騎手の身体には内向きに捻じられる (ヨーイング)ような力が働くことが考えられます。
 




   駈歩しているとお尻が外方へズレて内側の鐙が外れたり、上体が捻じれて内方の手綱につかまってしまうようなバランスになってしまう方がよくいますが、 

それらは単に騎乗者のクセ、というようなことだけでなく、このような物理的な力によって起こるのだろうと考えられます。
 
 
  このような力の発生を防ぐ方法として、
例えば駈歩で一歩一歩内方の鐙に荷重を載せるようにすると同時に、同側の脇腹を突き出すようにしてみることで、

重心が外方へ落ちないようにするとともに、逆向きの回転を与えて相殺してやることで上体の捻じれも防ぐことが出来るかもしれません。
 
 
 
 
  頭で考えるとなかなか複雑で、混乱してしまいそうなジャイロモーメントですが、これを感覚的に理解するために役立ちそうなものとして、
一時期流行した「ハンドスピナー」と呼ばれる玩具があります。
 
  中心部分を指でつまんで持って回しながら、手首をひねったりして様々に角度を変化させてみることで、ジャイロモーメントを実感することが出来ます。
 
  ベアリングとオモリだけのシンプルな構造ですが、滑らかな回転と機能美が見ているだけでも心地良く、クセになる、ということで世界中にファンがいるようです。
 



 
 
 
  こうしたもので遊びながら、回転する物体に作用する力を身体の感覚で理解することで、慣性力を味方につけた、より安全で気持ちの良い騎乗が出来るようになるかもしれません。