競走馬の「乗り方」 | 馬術稽古研究会

馬術稽古研究会

従来の競技馬術にとらわれない、オルタナティブな乗馬の楽しみ方として、身体の動きそのものに着目した「馬術の稽古法」を研究しています。

ご意見ご要望、御質問など、コメント大歓迎です。









  
  日本の乗馬クラブにいる練習馬は、
近年は海外からの輸入や国産の乗用種も増えてきているとは言っても、まだまだ大半は競走馬として生産、育成されたサラブレッドを乗馬に転用したものです。

  クラブの指導者が「乗馬と競馬は違うんだ」などと言っても、馬自身は、少なくとも育成段階までは競走馬として過ごしてきていることが多いわけで、

  その馬たちが本来どのような感じで動いていたのか、というようなことをある程度理解しておくことは、日常のレッスンなどで良好な関係を築く上でも必要なことなのではないかと思うのです。


  そこで今回は、実際の競走馬の騎乗において、どのような技術が使われているのか、ということについて、紹介してみたいと思います。
 


・随伴  〜「抜き」と「浮き」

 
  テレビの競馬中継などで、競馬の騎手がレースの道中、腰を馬の背から高く浮かせて、ほとんど上下動なく、まるで空中を滑るかのような感じで走っているのを見たことがあるのではないかと思います。



{CD223EEF-97E0-4B03-8AA1-C1BB58666803}

  現役の競走馬は、サラブレッドが本来持つ速く走るための能力・性質を存分に発揮するように調教されていますから、

騎手のちょっとしたバランスや随伴のタイミングの変化にも敏感に反応し、加速してしまいます。

  レースの序盤から全力で走ってしまっては、終盤までスタミナを維持できませんから、
ラストスパートの直前までは出来るだけ体力を消耗せず、かつある程度速く走れるように、
馬が力んでしまうような不必要な刺激や負荷を与えないようにして、スムーズに誘導する必要があります。

  そのために、騎手は膝が鞍の上に出るくらいに短くした鐙に載って足先で体重を支え、馬体に干渉する部分を極力少なくしつつ、

足首や膝、股関節をサスペンションのように使ってタイミングよく反撞を「抜く」ことによって、馬の負担を軽減するようにしています。

 ここでいう「抜く」とは、いわゆる「膝カックン」のように、膝や足首、股関節などの力を抜いて折り曲げるようにすることで、
それによって重心が沈む瞬間、鐙に載っている騎手の重量が「消えた」ように軽くなります。

  これを馬の上下動のタイミングに合わせて連続的に行うことにより、騎手の身体には武術でいうところの「浮きがかった」状態になり、
重心が静かに水平移動するような感じになって、
馬は背中の動きを邪魔されずに楽に走ることができ、不快な衝撃による興奮や体力の浪費も抑えることが出来るわけですが、


  この「抜き」について、実際に競走馬に騎乗されている方から、興味深いご意見を頂きました。

『僕も昔は、そのような意識で乗っていたのですが、ある人に『反動を抜いたらダメ、受け止めるように乗りなさい』と言われ、少し変わりました。
  イメージとしては、トモが入ってくる時の後ろから押し上げられる様な反動を、足首や膝を使って全部抜いてしまうのではなく、
反動が来た時に身体に芯を作って(関節を柔軟にしないで)鐙を踏むようにすることで、自分も前に飛び出すような感じです。
「馬の骨と自分の骨が繋がって一つの骨格を形成し、一つの運動体になる様なイメージ」と言ったら良いかもしれません。…』

  リアルな感覚が伝わる、見事な表現だと思います。
  フニャフニャと馬の動きを全て吸収するだけでは重心が馬の移動に遅れ、かえって負担になってしまうので、
  重心の上下動を抑える程度に反撞を抜きながらも、
基底面(体重を支える足裏)よりも僅かに重心が前にある「前進しなければ倒れそう」という微妙なバランスで、
足裏で踏んだ鐙からの反力を推進力として利用することで、
手綱を引っ張ったりすることなく、自然に馬と一緒に重心移動していく、

ということでしょうか。


  乗馬でも、特に敏感でテンションの上がりやすいようなタイプの馬の場合には、

骨盤を後傾させてお尻で馬の背中を転圧するような感じで座り込むような随伴よりも、
みぞおちや内方の脇腹を鐙よりも先行させるような感じで、内方鐙に荷重を載せていくように随伴した方が、
落ち着いたリズムの、背中を充分に使った駈歩を継続させやすくなる、
というようなことは、経験のある方もいらっしゃるのではないかと思います。



折り合い
  
  それから、速度調節の仕方も、一般的な乗馬で習う方法とはかなり感覚が違います。
  
  
  乗馬でよく行われるような、馬の口角にハミをかけ、馬の頭を引っ張り起こしてバランスバック、というようなブレーキのかけ方は、

競技で尊ばれるような、深く踏み込ませた後肢で体重を支え、前肢を高く上げながら進む「力感のある動き方」をさせるためのものです。

  クラブにいる練習馬なら、後肢に負荷がかかったところでしんどくなって、自ら力を抜いて停まろうとするでしょうが、

若くて前進気勢の強い競走馬の場合、少し騎手のバランスが後ろへ傾いたり、拳が上がったりしてハミによる負荷や抵抗が増しただけでも、
反発してより力んで動こうとしますから。

上のようなブレーキで抑えようとするとだんだんテンションが上がってそのうちに我慢しきれなくなって、暴発して跳ねたり立ち上がったり、というようなことになります。

  
  馬がハミにかかる負荷に対抗して手綱を強く引っ張り返しながら前進している状態を、競馬では「ハミを噛んでいる」というように言いますが、

  加速→騎手の上体が遅れる→引っ張る→馬がハミを噛む→さらに加速、というような悪循環によって、
なんとか馬を抑えるために手綱を力一杯引っ張るしかなくなって、緩めることが出来なくなることを、
 馬の口を楽にする(「ハミを抜く」)ことが出来ない、という意味で、「引っ掛かる」という風に呼びます。

 (乗馬クラブなどでも馬が何かに驚いて暴走したような時にもそのように言うことがありますが、少しニュアンスが違っているような気もします。)

 「引っかかって」しまわないように、  馬を鎮め「折り合い」を保つ技術こそ、騎手の生命線ともいえる技術の一つだと言えるでしょう。



「前へ誘う」ブレーキ

  乗馬で、熱くなりやすいタイプの馬をなんとか落ち着かせて運動させたい、というような場合も同じですが、

競技馬術の「ハーフホルト」のような、馬をバランスバックさせてタメを作る、といった、
いわゆる「起こす」感じのブレーキでは、テンションの上昇を抑えるどころかさらに興奮させることになりがちです。
 
馬を落ち着かせ、ペースを安定させるには、
逆に、
ハミに対して軽く頼るようなバランスに導いて、馬の気分を安定させ、
現状を変えようと頑張るような力を抜いてくれるように促す、というような、
「前へ誘う」意識のブレーキ操作を行う必要があります。

  
馬の首や背中の緊張を解き、ハミを前方に押した力の反力が、脊椎を通して瞬時に後肢まで伝わるような『アソビの取れた』状態で、

ハミに出ながらも軽く依存するような微妙なバランスで運動することで手綱に伝わるその重みを、

騎手自身の身体の「アソビ」も取りながら、自立したバランスの中で受け止めることでことによって瞬時に馬の背中へと伝え、

ハミを前下方に押せば、その力は全て自身の背中にかかってくる、いうことを馬自身に気づかせることによって、自ら力を抜くように促す、
というのが、

馬を鎮め、落ち着かせるためのコツ(骨)、ということになります。


 これを実現するには、

扶助操作の際に体勢を崩したり脚でしがみついたりして興奮させてしまわないためのバランス能力や、
筋力や体重に頼らずに全身で馬の重みを受け止め、効率よく力を伝えるような身体操作の意識に加えて、

馬の身体の動きや精神状態を即座に洞察する分析力、といったことが必要になります。







・ハミを抜く

   「ハミが外れる」という表現は、乗馬では馬が顎を巻き込んだり口を割ったり舌を越したりしているような、ネガティブな意味で用いられることも多いですが、

  競馬の世界では、馬が「 ハミを噛んだ」状態から、落ち着いて、手綱を緩めても速くならないような状態になることを指してそのように言い、
そのための操作は「ハミを抜く」などと表現されています。


   競馬の騎手が片方の拳を鞍の前に固定し、もう一方の拳を使って手綱を引っ張りながら乗っていたりするのは、
乗馬でいう「ハミの入れ替え」と言われるような操作にも似ていますが、




あのような形は、重心の高いモンキースタイルの騎乗姿勢の中で自立したバランスを保ちながら、

馬に顎を譲らせることをきっかけに、上で述べたような安定状態に持っていくための操作を行うための方便の一つ、
と考えるとわかりやすいかもしれません。


 


・競馬の「アクセル」

  また、馬を加速させる方法も、乗馬で一般的な方法とは少し違います。

  競馬では、鐙が非常に短く、騎座が馬から離れていますから、乗馬のように足で蹴ったり圧したり、という方法は使いにくいものです。

  ですから、馬をスパートさせたい時には、馬の動きに合わせて騎手の体重や力をタイミングよく作用させながら馬を「追う」のですが、これは乗馬における坐骨による推進と同じです。
 
  
  上体をやや起こし、馬の背中に体重をかけて推していくわけですが、鞍にお尻をつけて坐骨を使っている騎手も多く見られます。
{D6014103-F3C2-439D-975F-891203AAA5D3}


  必要以上にバタバタしたり、タイミングが合わなくても馬の動きの邪魔になりますから、お尻を着く瞬間に腰を丸めて坐骨を前に随伴させたり、軽速歩のように一歩おきにタイミングを合わせて柔らかく座ったりなど、騎手それぞれが、効果的に馬を推進出来るような動きを工夫をしています。

   いずれにしても、短い鐙で、中腰の姿勢で行うには、かなりの体力も必要です。



  道中で「ハミを抜く」のとは逆に、馬に目一杯頑張って力を発揮してもらうために、乗馬ではブレーキとして使われる「半減却」に近いような操作をすることによって、馬に負荷をかけてテンションを高めるような乗り方になります。 

  道中はなるべく引っ張らないようにしていた手綱を、短く詰め直して馬の口角にハミをかけ、さらに「手綱をしごく」ということをします。

  これは、馬の頸の動きに拳を随伴させる際、馬の口角にかけたハミで馬の首の動きに抵抗をつけ、馬が手綱を引っ張り返そうとするように誘うことで、身体をより伸展させて大きなストライドで走ろうとするように促すものです

  レースの映像などで、直線で騎手が馬を追う時に、拳を横に開いてはまた戻す、というような動きを繰り返しているのも、手綱を一度緩めてからまた口角にハミをかけ直し、またその動きを馬に見せることによって、馬を本気にさせようとする技術です。


  ブレーキよりも、「追う」時の方が、乗馬で障害に向かって力強く助走していくときのような「ハーフホルト」の感覚に近いかも知れません。




・競馬の手前変換

  競馬でも、レース中、馬がコーナーを曲がりやすくすしたり、疲労を軽減したりといった目的で、騎手の操作によって、馬に手前を変えさせています。

  コーナーの入り口などで、馬の顔を予め反対に向けておいてから、急に向きを変えさせ、同時に騎手の重心を移動させたり、鞭で馬の肩を叩いたりすることで、馬が手前を変えるように促します。
  



    このように、ただお尻を浮かせて、ムチで叩いて速く走らせているというだけのようにも見えますが、実はなかなか奥の深い競馬の技術です
 が、これを気軽に体感出来るような機会というのは、とても少ないと思います。
 
  ご興味のある方は、私の稽古会にお越し頂ければと思います。(^^)