【遠藤のアートコラム】クラーナハvol.1 ~当代一素速い画家~ | 文化家ブログ 「轍(わだち)」

文化家ブログ 「轍(わだち)」

美術や紀行、劇場や音楽などについて、面白そうな色々な情報を発信していくブログです。

ルネサンス期にドイツで活躍したルカス・クラーナハは、同時代のアルプス以北で最も「売れた」画家とも言われます。

 

今月は、国立西洋美術館 (東京・上野)で開催されている「クラーナハ展-500年後の誘惑」の作品を紹介しながら、クラーナハについてご紹介します。

 

 

■今週の一枚:ルカス・クラーナハ(父)《正義の寓意(ユスティティア)》
          1537年 個人蔵©Private Collection(※1)■

―誰もがそなたを、その驚くべき素速さのために称賛する。
そなたは迅速に制作し、その素速さにかけては〔…〕あらゆる画家を凌駕している―

 

上記は、ルネサンス期のドイツの画家ルカス・クラーナハ(父)(1472-1553)に向けられた賛辞です。

この言葉を残した人文主義者のクリストフ・ショイルル(1481-1542)は、ヴィッテンベルク大学で法学などを教えていました。

 

ルカス・クラーナハ(父)は、1505年から、ヴィッテンベルクで宮廷画家を務め、3代のザクセン選帝侯に仕え、活躍した画家です。

ショイルルが「素速さ」に言及しているように、クラーナハは大量の作品を制作しました。

 

それは、当時の北方ヨーロッパに、彼ほど「売れた」画家はいなかったといっていいほど。

 

彼を宮廷画家に迎えたのは、ザクセン選帝侯フリードリヒ賢明公(1463-1525)です。

当時の神聖ローマ帝国内で、もっとも重要な選帝侯のひとりでした。

「選帝侯」とは、ドイツ王 (実質的には神聖ローマ帝国皇帝) を選出する権利を持った7人の諸侯のことです。

 

この王は、ヴィッテンベルク大学を設立するなど、この地を文化拠点に押し上げようとしました。

そのため、クラーナハを称賛する言葉には、ヴィッテンベルクを芸術先進国に追いつかせようとする政治的意図もあったかもしれません。

 

それにしても、この画家は、実際に驚くべき工房経営術によって「素速さ」を実現し、各地の王侯貴族の宮殿や教会へと作品を供給していました。

 

そんな、人気画家クラーナハのなかでも、最大のヒット作が、「マルティン・ルターの肖像」です。

 

※2 ルカス・クラーナハ(父)《マルティン・ルター》1525年

  ブリストル市立美術館 © Bristol Museums,Galleries&Archives

 

こちらは、クラーナハによって描かれたルターの肖像のうちの1枚です。

 

ヴィッテンベルクといえば、ルターによる「宗教改革」の震源地。

ヴィッテンベルク城内の教会に、「九十五カ条の論題」を打ちつけ、「宗教改革」の中心人物となったマルティン・ルター(1483-1546)と、クラーナハは終生親しい間柄でした。

 

今でも、教科書などに掲載されている「ルター」の肖像画は彼の作品です。

 

宗教改革を支持し、カトリック教会の勢力に対抗したザクセン選帝侯と、その周囲の宮廷人たちなど、時代のキーパーソンを描いたクラーナハは、ルネサンス期のドイツにおける最大の肖像画家とも言われます。

 

絵画や版画から装飾まで手掛けたクラーナハですが、それだけではありません。

ルターが聖書をドイツ語訳すると、クラーナハは木版挿絵を手がけ、さらには出版人の一人となり、この書物を世に送り出したのです。

 

この出版プロジェクトも大成功。

 

このような印刷所を営んだ他にも、薬種取引権を取得するなど、工房運営にとどまらない企業家の顔も持ち合わせていました。

 

さらにもう一つ、彼の特徴であり、成功の鍵となったのが女性の裸体像のシリーズです。

 

※1 ルカス・クラーナハ(父)《正義の寓意(ユスティティア)》1537年

   個人蔵©Private Collection

 

こちらは、クラーナハ(父)による《正義の寓意(ユスティティア)》です。

彼女が持っているのは、慎重な裁きの象徴である天秤と、判断の仮借のなさを告げる剣。

 

しかし、透けた衣装は、彼女の素肌を隠すことはありません。

「正義の寓意」とすることで、女性の裸体像が道徳的に合法化されていますが、頭部と首元を彩る豪華な装飾は余計にエロティシズムを助長しているのではないでしょうか。

 

クラーナハの描く女性像は、その優雅で怪しい視線と、長い手足、肢体の独特な曲線が特徴的です。

 

レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロ、ラファエロ等が活躍した当時、ルネサンス期のイタリアの画家たちは、人体の構造を研究し、骨格や筋肉を正確に表そうとしました。

しかし、クラーナハの描く女性像は、そこに縛られません。

つるりとした肌に、控えめな凹凸。それでいながら、見るものを惹きつけてやまない蠱惑的なエロス。

 

クラーナハの裸体像は、パブロ・ピカソを始めとする20世紀のアーティスト達をも惹きつけました。

 

しかしながら、クラーナハは長い間、確たる美術史的位置を占められずにきました。

 

ルネサンス以前の芸術様式である「ゴシック」的だとも言われるクラーナハ。

なぜ画家は成功したのでしょうか。「クラーナハ」とはいったいどのような画家だったのでしょうか。

 

続きはまた来週、ルカス・クラーナハについてお届けします。

 

参考:「クラーナハ展 -500年後の誘惑」カタログ 発行:TBSテレビ

 


 

 

※1 ルカス・クラーナハ(父)《正義の寓意(ユスティティア)》1537年

  個人蔵©Private Collection

 

 

※2 ルカス・クラーナハ(父)《マルティン・ルターの肖像》  1525年

  ブリストル市立美術館 © Bristol Museums,Galleries&Archives

 

 

<展覧会情報>

「クラーナハ展-500年後の誘惑」

2016年10月15日(土) ~ 2017年1月15日(日)

会場:国立西洋美術館(東京・上野)

 

開館時間:午前9時30分 〜 午後5時30分(金曜日は午後8時)

          ※入館は閉館の30分前まで

休館日:月曜日(ただし、1月2日(月)、1月9日(月)は開館)、

    12月28日(水) 〜 1月1日(日)

 

展覧会サイト:http://www.tbs.co.jp/vienna2016/

 



この記事について