引き続き遠藤がお届けします【アートコラム】。
11月は、現在東京都美術館で開催中のウフィツィ美術館展の作品とともに、ボッティチェリやフィレンツェの美術についてお届けします。
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―ロレンツォ・メディチ豪華王の時代は、天分に恵まれた人々にとっては、真に黄金時代と呼べる時代であったが、その時期に通称サンドロと呼ばれたアレッサンドロ・ボッティチェリがまださかんに活躍していた―
ジョルジョ・ヴァザーリ『芸術家列伝』
上記は、ジョルジョ・ヴァザーリの著書「芸術家列伝」の一文です。ロレンツォ・デ・メディチ(1449-1492)はボッティチェリの活躍したイタリア、フィレンツェのルネサンス期におけるメディチ家の当主です。
金融業などのビジネスで莫大な富を築いたメディチ家、その財力を基盤に政治の実権までを握るようになったのはコジモ(1389-1464)でした。
後にボッティチェリの師となるフィリッポ・リッピが、修道僧でありながら修道尼と駆け落ちをしたとき、彼を助けたのもコジモです。修道院に出入り禁止になり、その後の生活も危ぶまれるほどでしたが、リッピの作品を愛していたコジモは教皇に頼んでリッピを許してもらったといいます。彼は芸術家たちを支援し、街に図書館を開設するなど、フィレンツェがルネサンスの中心地となる土壌を築いていきます。
コジモの孫にあたるロレンツォの時代はまさに黄金期です。ボッティチェリ、レオナルド・ダ・ヴィンチを支援し、若きミケランジェロの才能を見出し、自宅に住まわせて面倒を見たと言われています。
上記の作品はボッティチェリによる《パラスとケンタウロス》です。女神パラスの服に描かれている、ダイヤモンドの指輪を組み合わせた文様はメディチ家の標章(インプレーザ)です。
ダイヤモンドの標章がメディチ家本家しか使用していなかったことから、当主ロレンツォこそがこの作品の発注主であり、又従兄の結婚に際して贈ったという推定もあります。
描かれている女神パラスは知恵と学問の女神です。半人半獣のケンタウロスは人間の本能を表しているとも、エロス(愛)の神クピド(キューピッド)の矢と弓を持つことから肉欲を示しているとも言われます。
パラスがケンタウロスの髪をつかんでいることから世俗の誘惑に対する、精神と理性の優位性や色欲に対する貞節の勝利を象徴するなどの解釈があります。
どこか遠くを見るような女神の眼差しや、繊細で優美な線、衣服や髪を軽やかになびかせ凛々しく優雅に立つ女神と、身を捩じらせて苦悶するケンタウロスの対比など、まさにボッティチェリの真髄が凝縮されているかのようです。
当時、芸術の最大の発注者は教会でした。しかし、経済的に裕福なフィレンツェにはメディチ家を筆頭に裕福な市民が多く世俗のパトロンに恵まれたため、画家たちはキリスト教以外のギリシャ、ローマの神々など新たな画題に取り組むことができたのです。
ロレンツォはギリシャ、ローマの哲学である新プラトン主義を奨励し、古代の彫刻や芸術品を蒐集しました。そのため人文主義者や芸術家によるメディチ・サークルができ、ボッティチェリもそうした思想の影響を受けています。人文主義とは、神を中心とした受身的な世界観から、人間性を復活させようとするものでした。能動的に芸術や技術を創造する人間の価値を認めたため、芸術家や科学者、技術者たちの創造力の解放へと繋がりました。
このように、人間の肉体や喜び、知恵を賛美する古代ギリシア・ローマの芸術を賞賛し、幾何学や遠近図法、解剖学といった科学的な知識を取り入れることで、ルネサンス芸術は発展を遂げたのです。
しかし、遠近法を駆使するレオナルド・ダ・ヴィンチ等に比べ、ボッティチェリは線を重視し、装飾的で平面的な表現を得意としました。そのために当時から時代遅れとみなされることもあったと言われています。
次回は、フィレンツェの落日と筆を捨てたボッティチェリについてお届けします。
参考:ウフィツィ美術館展 ―黄金のルネサンス ボッティチェリからブロンヅィーノまで
『芸術家列伝2』ジョルジョ・ヴァザーリ著 平山祐弘・小谷年司 白水Uブックス、2011年
上記の作品は下記の展覧会で見ることができます。
※1サンドロ・ボッティチェリ《パラスとケンタウロス》1480-85年頃 テンペラ/カンヴァス
ウフィツィ美術館
FOTO:S.S.P.S.A.E e per il Polo Museale della città di Firenze – Gabinetto Fotografico
<展覧会情報>
ウフィツィ美術館展―黄金のルネサンス ボッティチェリからブロンヅィーノまで
2014年 10月11日(土)-12月14日(日)
東京都美術館(東京・上野)
特設Webサイト:http://www.uffizi2014.com/
展示作品の半数以上がイタリアを代表するウフィツィ美術館からの出展という、日本で初めてのウフィツィ美術館展。ボッティチェリの初期から晩年までの作品が紹介され、代表作《パラスとケンタウロス》は必見です。さらに、レオナルド・ダ・ヴィンチ以降、新たな表現を追い求めた「マニエラ・モデルナ(新時代様式)」の諸相が16世紀フィレンツェの画家たちの作品を通して展開されています。
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