【遠藤のアートコラム】エミール・ガレvol.4 ~ガレと蜻蛉~ | 文化家ブログ 「轍(わだち)」

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ガラス工芸を芸術に押し上げたエミール・ガレ。自然を愛したガレですが、なかでも蜻蛉を愛した彼は、何度も作品に登場させました。

今月は、サントリー美術館(東京・六本木)で開催されている「オルセー美術館特別協力 生誕170周年 エミール・ガレ」展の作品を紹介しながら、エミール・ガレの生涯をご紹介します。
 

■今週の一枚:脚付杯「蜻蛉」(※1)■

―うち震える蜻蛉を愛する者、これを作る。 エミール・ガレ―

 


上記はフランスのガラス工芸家エミール・ガレ(1846-1904)が、蜻蛉をモチーフにしたある作品に刻銘した言葉です。

ガレは生涯を通じて、蜻蛉の姿を繰り返し作品に描き出しました。

上の作品《脚付杯「蜻蛉」》もそのひとつです。

晩年に制作されたこの作品は、商品として作られたものではありません。
すでに自身の死を予感していたガレが、近しい友人や親戚に贈るために作った数点のうちの1つでした。

ガレにとって蜻蛉は、自らを象徴する生き物だったようです。

※2 飾棚「森」


こちらのエミール・ガレの作品《飾棚「森」》の頂部にも、蜻蛉の群れが彫刻されています。

エミール・ガレは、ガラス工芸を芸術作品に引き上げた巨匠です。
植物や生物といった自然をモチーフにした作品で知られています。

新たなガラス工芸の技術を次々に生み出した革命児でもあり、日本や中国の漆工芸や、鉱物までをガラスで表現しました。

しかしエミール・ガレが才能を発揮したのはガラスだけではありません。実は家具も数多く手掛け、早くから評価されています。

彼が家具制作をはじめたのは高級材木店を訪れたのがきっかけだとか。
1885年に家具工房を開いたガレの作品は、1889年のパリ万博で、早くも家具部門の銀メダルを得ています。

多くの木材を組み合わせたガレの家具は、ガラスと同様に徹底して自然がテーマです。

寄木細工によって表現された植物や生物の精緻な姿には、ガレの自然に対する崇敬が感じられます。

我が根源は、森の奥にあり。Ma racine est au fond des bois.
この言葉は、オランダの生物学者ヤーコプ・モレスホットの言葉ですが、1897年からガレの工場の扉に掲げられていました。

※3 習作「蜻蛉」


こちらは、ガレの共同制作者で、デザイン工房の責任者ルイ・エストー(1858-1919)による蜻蛉の習作です。

蜻蛉やトンボは、英語でドラゴンフライと呼ばれるように、古来西洋では悪魔の虫、地獄からの使いとして嫌われていたそうです。

しかし、ガレは生涯に渡って、蜻蛉のモチーフを繰り返し使っています。

一方日本では、日本列島の形が蜻蛉に似ていることから、蜻蛉の古い呼び名「秋津」にちなんで「秋津島」と呼ばれていました。
平安時代には、儚げな蜻蛉が好まれ、戦国時代には、トンボが前に飛び、後退しないことや古事記などから「勝ち虫」と呼ばれ、好まれてきました。

ジャポニスムブームのフランスで、ガレも含む日本美術愛好家たちの間では、蜻蛉やトンボは日本を象徴するという認識も広まりつつあったとか。

そんな蜻蛉は、ガレにとってどのようなモチーフだったのでしょうか。

1902年、ガレは白血病が悪化し療養していました。
しかし、この年の12月に最愛の父が死去してしまいます。

彼は深い哀しみに暮れ、さらに病とのつらい戦いによって、精神的にも不安定になっていきました。

《脚付杯「蜻蛉」》を制作したのはこの頃、1903~4年頃です。

※1 脚付杯「蜻蛉」


まるで大理石のようなマーブル模様の杯に、うっすらと蜻蛉の影のような姿が見え、その上に写実的な蜻蛉が付されています。
背面には、蜻蛉を象ったGで始まるGalléの文字が彫られています。

古代や、長い時間を連想させる大理石のような杯と、儚い蜻蛉の姿。
ガレは、自らを蜻蛉に投影し、自身のモニュメントにようとしたのでしょうか。

1904年、9月23日。ガラス工芸に革新をもたらしたエミール・ガレは、58歳の生涯を閉じました。

自然を見つめ続けたガレ。その深い眼差しと、彼が愛した蜻蛉は、作品となって今も人々を魅了しています。

参考:「オルセー美術館特別協力 生誕170周年 エミール・ガレ」展覧会カタログ 発行:サントリー美術館

 

 



※1 脚付杯「蜻蛉」 エミール・ガレ 1903-04年
サントリー美術館
Cup with dragonfly design
Emile Gallé, 1903-04
Suntory Museum of Art

※2 飾棚「森」 エミール・ガレ 1900年頃
サントリー美術館
Cabinet with forest design
Emile Gallé, c. 1900
Suntory Museum of Art

※3 習作「蜻蛉」
ルイ・エストー 1903年以降
オルセー美術館
Study of Dragonfly
Louis Hestaux, after 1903
Musée d´Orsay
©RMN-Grand Palais (musée d´Orsay) / Tony Querrec / distributed by AMF

<展覧会情報>
「オルセー美術館特別協力 生誕170周年 エミール・ガレ」
2016年6月29日(水)~8月28日(日)
会場:サントリー美術館(東京・六本木)

開館時間:10:00~18:00(金・土は10:00~20:00)
※8月10日(水)は20時まで開館
※いずれも入館は閉館の30分前まで
※shop×cafeは会期中無休

休館日:火曜
※8月16日(火)は開館

展覧会サイト:http://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/2016_3/
問い合わせ:03-3479-8600

 



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