【遠藤のアートコラム】「時代を映した風俗画」vol.2 | 文化家ブログ 「轍(わだち)」

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引き続き遠藤がお届けします【アートコラム】。
3月は、現在国立新美術館(東京・六本木)で開催中の「ルーヴル美術館展 日常を描く―風俗画にみるヨーロッパ絵画の真髄」の作品をご紹介しながら、風俗画についてお届けします。

※1 両替商とその妻

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―金持ちが神の国に入るよりも, らくだが針の穴を通る方がまだ易しい―

上記は、新約聖書、マルコによる福音書の一節です。

「だれも、二人の主人に仕えることはできない」
「神と富とに仕えることはできない」
とするキリスト教の教えでは、金銭への執着は7つの大罪中の筆頭「貪欲」にあたります。

中でも高利貸しは強く禁じられ、聖書では5か所にわたって利子を得ることを禁じる言葉が出て来るのだそうです。

そのため、高利貸しや、同じく利子を取り扱う両替商は中世より忌まれる商売でした。

上記はそんな、「両替商」を描いたクエンティン・マセイス(1465/66-1530)の作品です。

両替商である男は、天秤に金貨を載せて重さを量っています。注目なのは、その隣の妻が、時祷書という、キリスト教で日々の祈りに用いる書物を手にしていることです。
彼女が開いたページには、聖母子像が描かれているようです。
しかし、彼女の眼は時祷書を離れ、夫の手元を覗きこんでいます。

これは、一体どういうことなのでしょうか。
お祈りそっちのけで金貨や宝飾に目がくらんでいるとも、夫が正しく金貨を量っているのかを監視しているとも、吝嗇を批判しているとも言われ、さまざまな解釈がなされています。

高利貸しや両替商を営んできたのは、長らくユダヤ人でした。
旧約聖書の一書には、「外国人には利子を貸しても良いが同胞には利子を付けて貸してはならない」という一説があります。逆に言えば、ユダヤ人はユダヤ教徒以外に利子をとってお金を貸すことができたため、キリスト教徒に嫌がられた金融業を営むことができたのです。

また、11世紀ごろに商工業が発達すると、ギルドという職業別組合が成立しますが、ギルドはキリスト教の守護聖人への誓約の上に成り立っていたため、ユダヤ人がギルド会員になることは非常に困難でした。
活動が制限されたユダヤ人にとって、金融業は数少ない収入源だったのです。

しかし、やがて経済が発達すると、金融業に従事するのはユダヤ人だけではなくなっていきます。
上記の作品が描かれた16世紀のアントワープはヨーロッパ経済の中心地として繁栄を迎えていました。
それに伴い、両替商や金融業を営む人々も増えますが、彼らはキリスト教的信仰と商業的な活動のはざまで揺れ動いていたようです。

この作品の額縁には、かつて「天秤は正しく、重りは等しくあらねばならぬ」という銘文が記されていたと言われます。
正義を象徴する天秤を信仰の眼が見守る、戒めの意味を込めて飾られていたのかもしれません。

しかし、マセイスが描いたのはそれだけだったのでしょうか?
この絵が描かれたのは、カトリック教会の腐敗にルターが疑問を投げかける直前。
マセイス自身、カトリック教会を批判したエラスムスとも交流があったそうです。そう思うと、だんだん妻の視線が怪しく見えてきます・・・

★この作品は注意深く見ると、他にも沢山の暗喩めいたところがあります。
ご興味のある方はこちらも是非ご覧ください。
りそなWeb スペシャルコラムページ「風俗画を読む楽しみ」

このように、19世紀に入るまでの日常生活や商売を描いた風俗画には、多くの場合、教訓や警告の意が込められていました。

※女占い師

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こちらは、左側のロマと思われる女占い師が、右に座る上流階級の婦人の手相を見ている様子を描いた作品です。

しかし、彼女たちの間には、二人の曲者が顔をのぞかせています。

老婆は婦人に顔を向け、占い師の言葉に注意を促しながら、右手は婦人の財布の紐を持ち、注意深く引っ張り出そうとしているのです。
女占い師とグルなのでしょうか。

しかし、そんな二人の後ろに忍び寄る怪しげな男が一人。
右手に掲げた鶏は、恐らく占い師と老婆から盗みとったのでしょう。にやりとした笑みを私たちに向けています。

この作品で登場する「ジプシー」と呼ばれ迫害を受けてきたロマの人々は、固定した店舗で開業することを禁止されていました。
しかし、伝統的に鋳金や工芸品、芸能、占い、薬草販売などに従事する彼等は、画家や音楽家など、芸術のインスピレーションの源になることも多かったようです。

なかでも、ロマの女性が占いをする情景は、古くから描かれてきた題材でした。
とくに、17世紀初頭には、ローマのカラヴァッジョの作品が爆発的な人気を博していました。上記の作品の作者ニコラ・レニエもまた、カラヴァッジョの作風を吸収した画家の一人です。

カラヴァッジョの描いた「女占い師」は、手相を見る振りをして、こっそり指輪を抜き取っている様子。世間知らずや、騙されるものに対する教訓的な作品です。
しかし、ニコラ・レニエが描いたのは、盗人が盗まれる情景でした。

ロマの占い師以外にも、掏りや詐欺の様子は、ユーモアと暗喩を込めて多くの画家によって描かれてきました。
人気の題材だったようです。

寓意や教訓に満ち、当時の世相や人々の実情が垣間見える風俗画には、今に続く人間の歴史が刻まれ、現代に生きる私たちにも様々な忠告を投げかけてくれるのかもしれません。


参考:展覧会カタログ『ルーヴル美術館展 日常を描く―風俗画にみるヨーロッパ絵画の真髄』日本テレビ放送網©2015

上記の作品は、「ルーヴル美術館展」で見ることができます。



※1 クエンティン・マセイス《両替商とその妻》1514年
Photo © RMN-Grand Palais (musée du Louvre) / Gérard Blot / distributed by AMF - DNPartcom

※2 ニコラ・レニエ《女占い師》1626年頃
Photo © RMN-Grand Palais (musée du Louvre) / Adrien Didierjean / distributed by AMF - DNPartcom

<展覧会情報>
「ルーヴル美術館展 日常を描く―風俗画にみるヨーロッパ絵画の真髄」
2015年2月21日(土)~2015年6月1日(月)
国立新美術館(東京・六本木)

問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)
関連サイト:http://www.ntv.co.jp/louvre2015/





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