Show-ism Ⅶ 『ピトレスク』@シアタークリエ | 文化家ブログ 「轍(わだち)」

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星組公演が終わり、一時の静けさを取り戻したような日比谷シャンテ付近に明かりを灯し続けるシアタークリエに足を運んでまいりました

ピトレスク。
フランス語で、『絵にしたいぐらい美しい風景』という意味だそうです。

舞台は1942年、ドイツに占領されてから2年が経ったパリ。
灯火管制の沈黙の中、パリ市民たちは、BBC放送から流れるド・ゴール将軍のレジスタンスを呼びかける声を聞きながら、解放のときを待っていた。
ナチスの表現統制によって閉店させられた、自由の象徴だったキャバレー「La Figue(ラ・フィギュ)」。
アダムとイブがかじった“イチジク”という名のこのキャバレーを愛した人々が、夜な夜なドイツ兵の警備の目をかいくぐり、地下の額縁工場に集まっていた。
「La Figue」のスピリットを受け継いだショーを秘かに作って地下で上演し、キャバレー「イチジクのなる部屋」として復活させるためだった――。

舞台は地下の小さな部屋らしく全体的に暗めの作り。
真ん中に、それこそイチジクの実のように垂れ下がる一つの電球が目を引きます。

戦時中のパリで、静かに、それでも力強く前に進もうとする人々の生き様が、パリやベルリンの美しい旋律、キャバレー風のショーナンバーに乗せて展開していくという、小林香さん渾身の作品に仕上がっていました。

この地下に集まる人々には、現代のエンターテイメント界を彩る魅力的な役者さんたちがキャスティングされました。

もぐりの清掃員として働き、ひょんなことから「イチジクのなる部屋」の仲間に加わることになるユダヤ系フランス人、マルゴー役にクミコさん。
現代の“シャンソンの女王”と呼ばれていらっしゃるだけあり、ほんの少し導入のように鼻歌まじりに歌うだけでも空気が変わるのを感じました。
軽やかで美しい旋律のその中に、どうしようもないやるせなさや辛さ、激しい感情がストレートに伝わってきました。
歌声だけでなく台詞としての声も耳に優しく、特に、生き別れになっている息子との思い出を聞かせる場面では胸が締め付けられました。

ラ・フィギュの元文芸部員で、今は地下で新たなキャバレーのための脚本を書く青年ジャン・ルイに中川晃教さん。
歌唱力には定評のある中川さんですが、今回もそのお力を余すところなく発揮されていました。 恋人がアウシュビッツ強制収容所に送られたという悲しい過去を背負いながらも、それをあえて再現し上演することで、見る人にメッセージを伝えようとします。
冷静沈着でとても優しい青年ですが、恋人のことを思い出し、仲間に加わったドイツ兵のフリードリヒに思わず激しく当たってしまう場面などはとても苦しかったです。
そして今回は楽曲も書き下されたそうですマルチな才能を発揮され、作品を彩っていらっしゃいました。

パン屋の男ピョートルに岡本知高さん。
世界的にも大変稀有である、生まれもってのソプラニスタの方です。
女性ソプラノの音域を、男性特有の筋力や肺活量で自在に操り、主に劇中のショーナンバーでの妖しげな雰囲気を出す際に大いに力を発揮されていたような印象があります
気弱そうな優柔不断な物言いが、緊迫する物語の雰囲気の中で和やかな空気を流してくださいました。
人のいい性格ですが、自分のパン屋の店先に『犬とユダヤはお断り』という貼り紙を出すぐらい警戒心の強い男性。
ユダヤ人のマルゴーを仲間に加えることになった時には嫌悪感をあらわにしますが、最後には一緒にお誕生日を祝ったり、クリスマスプレゼントをこっそり渡しに来たり…とても心温まる瞬間でした

「ラ・フィギュ」の元衣裳係で今は映画の切符売りをしている女性、カミーユに彩輝なおさん。
立ち姿がスラリととても美しく、まさに陽だまりのようなあたたかみのある女性を演じていらっしゃいました。
自分のことを純粋なフランス人として生きてきましたが、実はユダヤの血が流れているということが分かり、地下でのレジスタンス的活動に一気に目覚めていきます。
ショーナンバーの場面ではきわどい衣装に身を包み、歌に踊りにパフォーマンスを堂々と披露。
お色気たっぷりで、さすが元宝塚トップスターさんの貫録でした。

ちなみにこの日は、最後の挨拶もなぜか中川さんに振られ…(笑)
しかしながらさすがの場慣れ感で流暢なごあいさつで締めてくださいました。

ロマの血が流れているフランス人女性マヌエラにJKim(金志賢)さん。
元劇団四季の方で、在団中から数々の重要な役どころをこなされ、退団後も日本国内にとどまらず多方面で活躍されている女優さんです。
ジプシーの血が流れているためいつも異邦人扱いを受けてきた彼女ですが、ゆるぎない佇まいやどこか流れる血柄強さに、そこにいるだけで安心できるような雰囲気を感じ取れました。
安定した歌唱力で数々のナンバーで歌声を披露。クミコさんと『♪黒い瞳』をデュエットされるところは圧巻でした。
ジャン・ルイが書き下した台本の中では恋人の役を演じておられました。

肉屋の女性リュシエンヌに風花舞さん。
こちらも元宝塚のトップ娘役さんで、彩輝さんとは同期です。
在団中から、それはもうダンス力に定評のある娘役さんでしたが、退団されてからもなおそのお力は留まるところを知らず…
肉屋じゃ有り得ないだろうというぐらい流麗な身のこなしで(笑)、クラシカルな動きから色っぽいダンスまで、変化自在に踊っていらっしゃいました。
最後に、捕らえられ拷問を受けた夫トマを救うためにこの部屋のことをゲシュタポに話してしまい、そのせいでフリードリヒを悲しい運命に追いやってしまうと言う、ある意味生きていくうえでの罪を背負わなければならなくなります。

誰かを守る為なら、他の誰かが犠牲になる
大勢を守るために、一人が犠牲になる

現代にも通ずることなのかもしれませんが、そんなことが当たり前に横行していたのであろう厳しい時代を最後に突き付けられるようなお役でした。

その占領軍のドイツ兵、フリードリヒに舘形比呂一さんが扮されました。
数々のダンスを学び、ジャンルを問わず様々な舞台で活躍をされている方です。
鍛え上げられた体から紡ぎだされる一つ一つの動きは、洗練されていてとても美しく、強く惹きつけられるものでした。
どこかミステリアスさ漂う雰囲気が、この男は本当に信頼できるのだろうか?と観客にも不安をあたえるのですが、最後までとても真っ直ぐで優しい男性として、また愛する人に向けるあたたかな眼差しに、胸が温かくなりました
最後はここに集まる人々を守る為、自らの命を犠牲にして部屋の外へと飛び出して行きます。

ドイツからパリに亡命してきた貴族階級の女性、タマラに保坂知寿さん。
こちらも元劇団四季の看板女優でいらっしゃった方です。
淡々とした物言いがどこか冷たさを感じさせますが、その心の奥底には優しさと強さに溢れている女性でした。
元貴族そして画家という人脈を使い、この地下での、言ってしまえば素人のレジスタンス活動を大きく前進させる役割を果たします。

元女給で、今はタイピストの勉強をしているというイヴェットに美鳳あやさん。
こちらも元宝塚の方で、ダンス力はずば抜けたものがありましたが、今回も小柄ながら躍動的な動きでダンスナンバーを彩っていらしゃいました。
イヴェットだけでなく、兵士に扮したりマルゴーの息子の影もやられたり、アンサンブル的役割を果たしながらでのご出演でした。

リュシエンヌの夫トマに三井聡さん。
こちらも、同じく兵士やヒットラーのお役などやりながら、ぶっきらぼうな夫を好演。
ほんの一瞬だけリュシエンヌと夫婦らしくほのぼのとした場面がありました。
それを思い出すにつけ、最後の彼の結末は、命こそ落とさなかったもののとても苦しいものだなと思いました。
ショーナンバーでは素晴らしいダンスも披露してくださいました。

辛いなー悲しいなーと思わずにはいられないお話なのですが…
でもきっとあの暗い時代に生きた人々の心の中、それぞれ一つ一つに『ピトレスク』があったのではないかと…現代に生きるわたしたちにもそれは変わらないのではないかなと、ぼんやりと思いながら劇場を後にしました。

小林香さんがお届けするShow-ism第七弾として上演された今作品。
音楽もとても美しく、また視的にもとても楽しかったですので、またこのシリーズの上演があったら観に行かせて頂きたいなと思いました

では、またー



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