はて、萎えた。
先程のブログにて、「『宗教の自由』に対する違憲的文章」だとのバッシング。

宗教の自由という名目の楯で言論の自由を押しつぶすんだね。
ずばり私の敵は外国全般の夷狄でも精神の腐った日本人でもない、ただ日本の癌である解体分子だ。
つまるところ、反日的在日極東亜細亜人や刹那の感情でしか動けない歪んだヒロイズムに熱心な白人、またカルトでありながら宗教団体を装う創価学会や統一教会等のカルト、これらを正しいと洗脳された日本人がこれに値する。

哀しき哉、メディアやツールまでもがそちら側なのであるから、どうしようもない。
しかし今まで同様、どうしようもないの台詞で片付けられる段階ではない。


しかしこの期に及んで私を苦しめているのは、はたして私自身なのである。

劣等感を伴う他に対する妬み。
それも自分自身に否をみない性格にも問題だが。


嗚呼、強い南風…
神風ならいいものを…

御神を我らを照らせ。
欲しい物を買うため。
慾を満たすため。
それがために働くのか?

しかしながら、生きていくためにギリギリで仕方なくを理由にする者からの観点からすれば、ただ上の理由は富裕層への妬みでしかないのだろうか?

悲しいような虚しいような、私は自分が妬みの感情を持つ事に対し、自己嫌悪しないためにカルウ゛ァンの職業倫理を否定するのか、それとも武士道にある金銭関係をする事はいけないという教訓からか。

いつも最後は富裕層に当たれないから、誰が悪いのかと犯人さがし。
それも空虚になれば、生への絶望、死への信頼。