(3)

 

 

同じものが 違う形で ことごとく僕を満たし導いた

同じものが 違う形で ことごとく僕を襲い殺しに来る

残骸を残骸とするのは今

残骸の今

この 

最後の今

 

 

ハドソン川まであと少し

囁き掛けてくる性の誘いを振り切り辿り着いたディスコで大騒ぎ

店外に繰り出し 深夜の路上 停車中のイエローキャブのボンネット

寝そべり飛び跳ね遊ぶ僕に向け

運転手がグローヴボックスから取り出した黒光りする拳銃の銃口

僕は気づかず

それを見ていた友達に引きずり降ろされ走って逃げる最中も笑っていた

 

ハッと沸き立った次の瞬間にはこの宇宙の核心を掴みたい

途中は要らない 次の瞬間にはこの快楽の心臓を掴みたい

どんな犯罪よりも 罪なのだ

その罪を繰り返してきただけなのだ

一歩一歩堅実な積み重ね 手順 道筋 蓄積 眩しい開花

それに唾を吐き 次の瞬間を 次の瞬間を 罪を 罪を

その残骸が

今の僕だ

君には恥ずかしくて見せられない

あらゆる成功が僕の頭上を猛スピードでビュンビュン飛び交っている

その全てが鮮明に見えている

見えているだけだ

そこに僕は居ない

 

 

真冬の路上

ライブハウスの入場待ちの行列

ツインタワーの醜悪さを熱弁する見知らぬ白人のパンク少年が

エンパイアやクライスラーを讃美するのに引っ掛かりつい口を出してしまった

ツインタワーもあれに関わる人間もあれを崇める人間も確かにクソだ

そしてエンパイアもクライスラーもクソだ

この街に溢れる全てがクソだ

摩天楼を見上げる心根がクソだ

見下ろす心根はもちろんクソだ

光り輝く栄光どもはクソだ

ねじれ腐った暗闇どもはクソだ

営みの仕組みが何もかもクソだ

ここに並んでいるお前がクソだ

クソをクソと見なすクソが立っているクソ地面を疑わないクソがクソだ

この狂ったような寒さがクソだ

一気にまくし立てた

寒かったから

そんな目で見ないで

そんな過激な風体のパンク少年に

気狂いを見る憐みの目で見られたら

自覚してしまう

予感してしまう

 

そもそもが順番の問題なのだろう

それが視界に入ったその時点で

それはそれとして既に閉じている

視界に入るとはそういうことなのだから

そうでなければ見えはしないのだから

視界の中の全ては閉じている

そもそもの初めから 閉じている

閉じているのだから息ができない

呼吸するためにその外へ足掻く

視界が広く深くなればなるほど

広く深く足掻く 広く深く逃げる

全てへの否定

全てへの批判

それはもちろん自分自身へも向かい

君と過ごした時の全てへも向かい

全方位の敵と闘いながら自分の足首を斬りつける日々

聖域が戦場 核心が敵

その闘いの残骸が 

これだ

 

 

あれは小春日和の午前中

少し時間がズレれば人で溢れるソーホーのギャラリー街のど真ん中

時の裂け目に陥り見渡す限り動くものが何一つない路上

柔らかな陽射し あり得ない静寂 自分だけの景色 自分だけの生

不意に僕は

例えようのない

不思議な幸福感に満たされた

何か良いことがあったわけではない

何か摂取していたわけではない

時間にすればほんの数秒の

あの幸福感は何だったのだろう

幸福の理由から切り離された

いきなり僕を貫いた幸福

気づいた時には日常に呑まれ

二度と出会うことのなかった幸福

ぽっかり空いた穴 

僕を満たした穴

不意の いきなりの 

塞げない穴

 

穴は 穴として満ち溢れる

既に閉じている だから 満ちる

満ち溢れながら 穴としてある

どちらかだけではない

同時に

ある

満たされることでは満たされないから

満たされることの外へとはみ出す

否も応もない そうせざるを得ない

満たされることでは満たされないから

違和だ

根源にある

違和だ

あの街で君と出会ったことと

その違和は確かに絡み合っている

あの街へ僕を導いたものと

その違和は確かに溶け合っている

違和の正体を 突き止めたかった

何もかも全くその通りなのに

全く違う

全てが違う

全てがその通りで同時に全てが全く違う

違う

違う

 

 

イーストヴィレッジの一角

崩れかけた廃アパートが並ぶエリア

一面の落書き ガラスが抜かれた窓 路上に散乱する廃材 ゴミ

使える部品を全て盗まれ骨だけにされ放置された車

朝日がやっと昇り始めた時刻

物音はしない 誰も居やしない

立ち並ぶ廃アパートの出入り口は材木やコンクリートで塞がれている

出入りはできない そのはずの一つが 突然音もなく僅かに開いた

出て来た白人の男と目が合った

視線が擦れた そして外れた

それだけのこと

一瞬のこと

男は車道を渡り反対側の無人の歩道を歩き姿を消した

あんな時間 あんな所で何をしていたのだろう

後からお互いそう思っただろう

あの時はあれだけが全てだった

彼が僕を見た

僕が彼を

見た

 

伝わってしまうことが恐ろしい

理解されてしまうことが恐ろしい

誰一人疑う者なく平然と流通していることが恐ろしい

 

皆が現実と呼ぶこの現実

圧倒的な目の前の現実

 

それを疑うことに意味がないものを疑う

それと向き合い闘う

向き合う自分と向き合いながら

それに呑み込まれてそれと闘う

皆がそれと闘うのと同じ闘い方でそれと闘いながら

皆がそれと闘うのとは根本から違う闘い方で

闘う

その闘いの根本を疑う

疑いたくて疑うのではない

疑うことを強いられてあるから

疑わずに生きられはしないから

僕の現実が

他の皆の現実と違うから

皆が言う通りの現実であり

そして同時にそれとは違うから

その根本の根本が違うから

僕の現実は

僕の現実だから

 

僕はどこに居るのだろうと思う

僕にとっての僕は僕にとっての僕

君にとっての僕は君にとっての僕

僕は僕で 君は君なのだから

僕は 永遠に裂かれたままだ

裂かれていると分かったその時点で

それは裂かれていない 同じ次元にある

違う次元に裂かれていると分かれば

それは裂かれていない 同じ次元にある

僕が僕で 君が君であること

その真の意味を僕は忘れてしまう

その恐ろしさを忘れてしまう

恐ろし過ぎて 忘れてしまう

当たり前だったものが引っ繰り返る

何も変わらずに 引っ繰り返る

世界の全てが引っ繰り返る

何も変わらずに 引っ繰り返る

変わらず暮らし変わらず通い合う

変わらず伝える 全てが伝わる

そして同時に全てが伝わらない

恐ろし過ぎて 忘れてしまう

ひとりきりなのだ

永遠に僕は

君の全てが分かる

分からない

 

最後の夜

君は僕の作品を読みたいと言った

いつか満足できるものが書けたら

必ず読ませて欲しいと言った

君が消息不明になる前の

遥か昔 35年前

今の僕は

犯し続けてきた罪の報いで

関わる誰もが蔑み嘲笑う最底辺の暮らしに喘いでいる

築くべきものを崩し捨ててきたから何も無くなった もう何も無い

何も無いのだけど

犯し続けてきた罪のお陰で

異なる次元に引き裂かれた外を

根源から僕を引き裂く違和を

突き詰め抜いた果てのその残骸が

君に読ませる約束の作品が

ただそれだけが 僕の手元にある

他には何も無い それだけがある

僕はその数作を英語に翻訳し

あの街へ向かう あの街へ帰る

あの街の路上の至る所に

視線と擦れ合う至る所に

僕の作品を 僕はばら撒く

君に読ませる約束の作品を

それは全てが伝わり 伝わらない

根源の違和に引き裂かれたまま

新たな違和を生み弾けて消える

全てが伝わるのに 伝わらない

それでも 僕はあの路上へ帰る

新たな違和を生み弾けて消える

届かない手紙

君になら届く

そして届かない

届くことはない