(1)避難タワーの階段
これは太平洋に面したとある町に住むLさんという男性から伺ったお話です。
Lさんは家からすぐ近くの海岸沿いの歩道を散歩するのが日課でした。散歩と言ってもてくてく歩く訳ではない。綺麗に舗装された歩道を電動車イスでのんびり移動するのがLさんの散歩です。柔らかな陽の光をたっぷり浴びながら、海を渡ってくる爽やかな風に包まれ広々とした海岸の風景の中をゆっくり移動する。「歩く」ではないな。「走る」でもないな。やっぱり「移動」が一番しっくりくるのかなとLさんは思って目を細める。光が眩しい。足が不自由でも、この光の中を心地よく移動できるのは電動車イスのお陰。頼もしい相棒。これからもよろしくなとLさんは車イスに語りかけました。
歩道の外れ。アスファルトの舗装で繋がった開けた場所に櫓状のタワーが立っています。鉄骨で組まれた頑丈そうなタワー。景色を楽しむ観光用ではありません。津波に襲われた時、一時的に避難するための普段は開放されていない避難タワーです。その足元まで来て上を見上げるLさん。エレベーターなんて付いている訳がない。津波を避ける頂上の台まで辿り着くには鉄骨の階段を上るしかない。自分一人ではもちろん上れない。そんな緊急時に他人を背負い急な階段を上ってくれる人などいない。その時が来たら、諦めるしかないのだなとLさんはタワーを見上げて噛み締める。
避難タワーの設置。きっと実際に使う場面を想定してはいないのだろうとLさんは思っていました。辺り一面津波に呑み込まれると分かったら、ここに上ろうとする人などいない。みんな急いで海から離れようとする。猛スピードで車を走らせたり自分の足で走って逃げようとする。それができないLさんのような人には上ることができないタワー。実際にここを使う人はいない。いざという時に備え、日頃から心の準備をしておくためにこのタワーは立っているのだろうとLさんは思っていました。これを見るたび津波を想像して気を引き締めるためにタワーは立っている。実際には使わない。心の準備のための象徴としてこの鉄骨タワーは立っているのだろう。
いざという時が本当に来るのだと、Lさんは痛いほど知っています。一瞬のタイミングのズレで起こした交通事故。その朝家を出る時には、そのほんの数秒前までは、夢にも思っていなかったことが実際に自分の身に巻き起こる。足を失う。歩けなくなる。いざという時は本当にやって来る。
陽が傾いてきた。Lさんは家に帰ろうと思い避難タワーを後にして電動車イスを動かしました。歩道との合流点。緩やかなカーブの内側の端。車イスのタイヤが砂を噛んだ。海風に吹かれ歩道の脇に溜まった砂の中にタイヤが沈み込んだ。焦ってタイヤを激しく回すLさん。タイヤは回るたび、更に深く深く砂の底に沈み込む。辺りには誰もいない。スマホは今日に限って家に置いてきた。陽は陰りを増してLさんを包み込む。今地震が来たら。今津波が来たら。Lさんはそれを想像して凍りつきました。いざという時は本当にやって来る。一瞬後に本当にやって来る。助けてくれる人は誰もいない。タイヤは砂を噛み、キュルキュルと音を立てて回り続ける・・・。
数分後に通り掛かった人に助けられLさんは無事家に帰り着きました。今も続けている電動車イスでの散歩。避難タワーを見るたびに、今何が起こったら何をどうしよう、誰に声を掛けよう、どこへどう動こうと切実に考えてしまうのだとLさんは仰っていました。いざという時は本当にやって来る。身をもってそれを知っているLさん。どれだけ心の準備をしていたって、どれだけどんな対策をしていたって、いざという時が本当に来たら全部無駄なんですけどねと最後に笑って仰って下さったのは本心なのかどうなのか、今でも図り兼ねるLさんから伺ったお話でした。