ここへ来てこの思いで帰らなきゃいけないの、もう何度目かも覚えていない。市役所の生活支援課を後にしてふらふらよろよろ歩いて行くとっさん。生活保護の申請、今日もまたできなかった。窓口の人がいろいろ言うのだ。ここがこうじゃないと受け付けられない。ここをこうしてくれないと申請が通らない。いろいろ言うのだ。それがどういうことか分からないからここにいるのにさ。ここをこうしてこっちをこうやれば保護を受けなくても生きていけるでしょ。それができないからここにいるのにさ。生活支援課の隣、障害者支援課のカウンター脇。でっかい立派な犬が座っている。市役所の中に犬?一瞬びっくり。それは盲導犬。基本市役所内にはペットを連れて入れないけれど、盲導犬・介助犬は立ち入りOK。ちゃんと権利が認められている。
あれはあの子が何歳の頃だったろう。別れた妻が連れて行った一人娘。まだ随分小さい頃だった。家で飼っていた柴犬を連れて二人で市役所へ用事をしに行った。入り口で止められた。ペットは入れません。外のどこかに犬だけつないでおくの?外で娘と犬とで待たせておくの?何かあったらどうするの?それは知りません。とにかく犬は入れません。結局一度家まで戻り、とっさん一人でまた市役所へ行った。行く前に犬が入れるかどうか調べてから行くべき。みんなそうしてる。それができないからとっさんなのだ。できるなら、きっとまだ娘と暮らしていられただろう。
その後も何度か市役所に通ったけれど、保護の申請はできなかった。窓口の人の最初の一瞥で、最初の一言で、今度もダメだととっさんには分かってしまう。本人がどれだけ困っているのかと、それが他人にどう伝わるかとの間には永遠くらいの深さの裂け目がある。本人にはどれだけ頑張ってもどうしてもできない事なのに、他人にはサボっているように見える。サボっている人もいる。それと区別するには大変な時間と労力、思いやりのある想像力がいる。それを注いでくれる人なんかいない。とっさんに興味がある人なんか一人もいない。それをとっさんは思い知るのだ。申請ができないだけではない。窓口で断られる度に、とっさんはそれを激しく思い知るのだ。自分に興味がある人なんか、この世のどこにも一人もいない。
その日とっさんは、犬になった。全裸で首にロープを巻き、四つん這いで市役所にやって来た。存在していない人間でいるよりも、権利が認められた犬になりたかった。盲導犬は吼えたりしない。周りに迷惑掛けたりしない。いつも静かにゆったり落ち着いて、その場その場の状況に合わせて適切・冷静な行動をする。とっさんもそうしようとした。静かにひっそり迷惑を掛けず市役所内をゆっくり進み生活支援課へ向かおうとした。騒いだのは周りの方だった。全裸で四つん這いのとっさんを取り囲み職員たちが大声を張り上げながら乱暴に捕獲しようとした。とっさんは四つん這いのまま職員たちの間をすり抜けて市役所の外まで逃げ出した。そのまま幹線道路の真ん中まで走り出た。クラクションが鳴り響く暇もなく、とっさんはミニバンのタイヤに押し潰された。人身事故ではない。犬が一匹轢き殺されただけ。
了