・ ムリクリ
クリスマス前に各企業が仕掛けるロマンティックを装ったプレイベント感の華やかさと煌びやかさの勢いにグイグイグリグリ押し込まれ、学生時代からモテモテだった自分が初めて迎えるクリぼっちへの単なる寂しさを遥かに超えた冷たい恐怖にひれ伏し降参し、カヤさんは会社の同僚のコージさんとお付き合いすることに決めた。彼からはこれまで何度も告白されている。その度にどれだけはっきりお断りをしても、ちょっとするとまた告白してくる。それだけの思いを寄せてくれているのだからまあいいかとカヤさんは自分に言い聞かせた。
カヤさんがこれまでコージさんの告白を断ってきたのには理由がある。なんかムリなのだ。ビジュも良く、明るく朗らかで爽やかな笑顔。誰とでも上手に接して評判上々。断る理由なんかなさそうなのに、なんかムリなのだ。でも熱心に何度も告白してくれる。ガンガン来てくれる。きっと私を幸せにしてくれる。何よりクリスマスが近いのだ。クリぼっち怖い。たまらなく怖い。
数回のデートを重ね、いよいよイブの夜。コージさんはカヤさんと居なかった。別の女の人と過ごしていた。ガンガン来る人は、必ず他所でもガンガン行くという恋愛の鉄則を忘れていたカヤさん。タロはカヤさんを慰めてあげたかったけれど、同じ悲しみに沈んでいる人がこの夜は多すぎてタロは大忙し。トナカイのソリに乗せて欲しいのは自分の方だとボヤいておりました。
・ お味噌か?
研究所の大きなテーブルの上。そこに乗っている直径10センチほどの透明な円形プラスチック容器。中に入っているそれが一体何なのか、タキタさんはもう30分ほど考え込んでいる。見た感じ、お味噌に見える。角がまあるい立方体の容器に入っていたらほぼ間違いなくお味噌だろう。でもここはバイオ研究所。お味噌を置く人がいるとは思えない。自分とは別の研究を担当している誰かが実験で使う資料かもしれない。だとしたら注意が必要だろう。相当な危険物質である可能性もある。または最近所内で実施された健康診断に誰かが提出し忘れたその誰かの何かかもしれない。だとするとそれはそれで最高レベルの危険物質である。取り扱いに厳重な注意が必要となる。
タキタさんの防護服のシールドが曇ってきて、お味噌らしき物の輪郭がぼやけてきた。警報サイレンが所内いっぱいに響き渡り赤色ランプが狂ったように回り出してからすでに1時間。研究所の一室から漏れ出したウイルスに感染しタキタさん以外の全員が倒れ命を失った。タキタさんはその時偶然防護服を着用した作業の真っ最中。一人だけ難を逃れることができた。自分の部署に戻り、テーブルの上に何かを見つけた。お味噌だろうか。世の中が年越しで賑わうこんな夜に緊急招集された研究員たち。大急ぎの作業を指示した権力者は家族とぬくぬく笑顔で過ごしているだろうに。タロはタキタさんに声を掛けたかったけれど、研究所に近づくことができずなんにもできなかった。味噌を付けたね。
・ まけおめ
去年の初詣、ムネヒコさんが引いたおみくじは大凶だった。そんな激レア引き当てるなんてかえってついてるかもと笑っていた。帰り道に転んで足首を捻挫。楽しみにしていたスキー旅行をキャンセルすることになった。3月の決算期を乗り越えられず会社が倒産。再就職先はなかなか見つからず、溺れる者がつかんだ藁はもちろんブラック。身も心もすり減らし散々搾り取られ、そこを逃げ出しもう一度つかんだ藁は前よりタチの悪いブラックブラック。生きるためにそこで耐え忍ぶ。溜まったグチや不満を受け止めてくれていた長年付き合った彼女の浮気が発覚。問い詰めるムネヒコさんに彼女が逆ギレ。ムネヒコさんの人間性の隅々までをあげつらい口汚く罵り滅多打ち。立ち上がる気力を失ったムネヒコさんをあっさり見捨てて去っていった。がっくり疲れ果てたぼんやり頭で車を運転していたら、電動キックボードを引っ掛けてしまった。不幸中の幸い、大ケガには至らず、保険にも入っていたので一安心。と思いきや、先方のバックに面倒な世界の人間がいて、保険ではカバーできないあれこれまでしつこく請求してきてもうお手上げ。稼ぐお金は右から左へ消えていく。どうにもならない。どうにもできない。
ムネヒコさんは、そこまで追い詰められて遂に開眼した。どうにもならないなら、どうもしなくていい。どうにもできないなら、どうもしなくていい。何もしなくていい。笑ってればいい。やっぱり大凶は大吉だった。ここまで来なければ、この境地には辿り着けなかった。大凶、ありがとう。ムネヒコさんは笑って感謝した。
今年の初詣。ムネヒコさんが引いたおみくじはもちろん大凶。もう何があったって怖くない。帰り道の交差点。ムネヒコさんの背後にトラックの影。教えた方がいい?タロは一瞬迷って、迷ったまま。