・ 草薙くん(2)
マンハッタンで再会した草薙くん。彼が泊まっているバワリーのホテルに私も部屋を取り、それから2人で向かったのはブロードウェイ。彼の提案でミュージカルを観ることになったのです。彼は当時中央大学の学生でしたが、演劇にとても興味があり、是非本場のミュージカルを観たいのだと。彼のルックスなら俳優さんくらい楽勝でなれるよと無責任なことを言いながらW、一緒に「コーラスライン」を観ました。彼はいたく感動。私は前半で眠りに落ちましたW。こういうとこでも育ちの差が出ます。次の日は午前中ミッドタウンの服屋さん巡り。彼が東京の友達から仕入れてきたオシャレ服屋さん情報を頼りにあちこち回る。彼、服屋の店員さんや路上のビラ配りの女性たちから次々とファッションを褒められる。彼がオシャレでカッコいいと感じた私の第一印象、やっぱり間違ってなかったのです。おこぼれで私まで褒めて頂いて、照れて見せながらも心の内は鼻がニョキニョキすっかりピノキオ状態W。そして午後からはまたブロードウェイへ繰り出して「42 St」を鑑賞。今度は私、頑張った。眠らずに最後まで起きてたもんW。その日の夜。自由の女神で有名なリバティ島とマンハッタン側対岸のバッテリーパークとどこだかを結んで光と音の大フェスティバルが開催されるという。ショーのプロデューサーは日本人の冨田勲さん。行かない理由は無し。会場近くまで地下鉄で行って地上へ上がるとすでに人の波。それに押されて揉まれてちょっと開けた見やすい場所までなんとか辿り着く。レーザービームと花火がマンハッタン南端一帯を光で包み、冨田さんの音楽が夜空いっぱいに響き渡る。ニューヨーク中のアートっぽい連中が大挙して押しかけお祭り騒ぎの大熱狂。その中に、まだ何者でもない19歳の日本人が2人。草薙くんは、「どうせ生まれたんだからこんな大きな事をしてみたい」と言った。私はその日の日記に「自分の体に血が流れてないみたいだ」と書いた。「マンハッタンの街並みは本当に悲しくて寂しい」とも。ひねくれてますなぁW。尖ってますなぁW。でもそれでいいよ。それでこそ私。
次の日はイーストヴィレッジの服屋さんを巡ったりワシントンスクエアでテイクアウトのチキンを食べたりして比較的ゆっくり、お互いのことを話して過ごしました。彼は将来とにかく演劇がやりたいのだと。私は日記に「よっぽどチャンスに恵まれないと有名にはなれないかも」と書いている。ひどいぞ!何様のつもりだ!自分には「それでいいよ」とか言うくせにW!私がそんなことを書いた理由は、彼が優し過ぎると感じたから。彼は「1人と2人じゃ心の強さが全然違う」と言いました。彼はニューヨーク滞在の最初の一週間を1人で、残りの一週間をほぼ私と行動して過ごしました。最初の一週間、もしかしたらあんまりどこへも行けず寂しく過ごしたのかもと私は感じていました。東京生まれ東京育ちで大都会には慣れ切っているはずの彼ですが、とても優しく繊細な所がある。生き馬の目を抜く芸能界で人を踏みつけのし上がっていく人には到底見えない。その意味で、「有名にはなれないかも」と書いたのです。悪意などある訳がない。19歳で、常に身の危険を感じる異郷で同じ時間を過ごした仲なのです。頑張って欲しいという気持ちしかないのです。今も。
その夜。私は一旦スタテン島の寮へ帰ることにして、彼も一緒にフェリーに乗ってマンハッタンの夜景を楽しみながらスタテンへ。彼は折り返しマンハッタンへ帰り、私はお金が無かったのでバスにもタクシーにも乗らず歩いて大学の寮へ向かいました。マンハッタンとは別世界の住宅地。人通りのない夜道を歩くアジア人少年1人。ちょっと道に迷い、途中で出くわした犬の散歩の白人老人に尋ねてみましたが、無言で上から下まで舐めるようにがっつり睨みつけられるだけ。埒が明かないのでその場を離れ自力で大学まで戻りました。悪意に溢れた視線だけで差別とは何なのかをしっかりと教えてくれたおじいさま。貴重な経験。あじゃした。
翌々日。草薙くんがワシントンスクエア近くのちょっとは増しなホテルに移ったというのでそちらへ遊びに行きました。日記を見るとこの日も服屋さんを巡っている。私の趣味じゃないぞ。草薙くんのせいだW。その翌日草薙くんニューヨーク最後の夜。14Stの「パラディアム」というディスコ("クラブ"と言いたいけど当時はね)でスペシャルイベントがありタダ券2枚もらったので一緒に行こうと誘って頂きスーツでオシャレして2人で繰り出しました。とは言え私の方はディスコなどアウェイもいいところ。コンサートの会場で体を揺らす程度の経験はありましたが、フロアで踊るとかはやったことがない。いや、やったことはあるぞ。中学生の時。国道1号線の静岡と清水の境目辺り、「チャーリーワン」というローラースケート場がありまして、両市の不良たちの溜まり場になっていた。通常は広いフロアをスケートリンクとしてみんなぐるぐるローラースケートで回って遊ぶのですが、場内一気に暗くなり音楽が大音量で流れるダンスタイムが挟まれている。「ローラーディスコ」という名称のその時間。お客さんが揃って前方を向き何重かの列を作りラジオ体操のごとく曲に合わせて決まった振り付けでダンスをする。ローラースケートを履いたパラパラみたいな感じ。それをカッコ良く踊るのが不良中学生のステータスだった時代。ニューヨークのディスコでチャーリーワン?それはないない、どうしたもんかとビビッて立ち竦む私。その横で、踊り始めた草薙くんのダンスのなんと見事でカッコいいこと。なんと華麗なこと。東京出身俳優志望の底力をまざまざと見せつける彼のパフォーマンス。唖然としたのは私だけではなく、フロアで踊る現地の皆さんも自分のダンスを止めて彼に見惚れている。この人、ほんとに俳優さんになるのかも。育ちと才能の違いを噛み締めながら、彼と出会えたことに感謝感謝の最後の夜でした。
翌朝彼は日本へ帰っていきました。もっと居たいけど、お金がギリギリ、帰らなくちゃいけないと。彼と再会するのは4年後、東京にて。そちらはまた次回。3回ブチ抜き草薙くんシリーズの最終回を待て!!!