飛騨の高山市にある高山陣屋は、江戸時代初期の1695年から幕末まであった徳川幕府の代官所。飛騨支配のための執務が行われました。
今でいう地方の国家施設です。

正面の門。

江戸時代に60数ヶ所あった代官・郡代所の中で、建物が唯一残る貴重な施設。

1695年に建てられ、築330年近くになります。

建物は明治以降も庁舎、支庁、県事務所などとして飛騨地域の行政の中枢であり続けました。
江戸時代から現代まで、行政施設として使われた極めて珍しい建物です。
その後、1969年には。270年つづいた役所機能を終えています。

■修復について
修復前はこのように、劣化した姿だったようです。

その後、1970年から1996年まで26年の歳月を経て、復元修理、復元が行われ、江戸時代の高山陣屋の姿が甦り再現されています。

運と生命力を感じる建物です。
また、江戸時代の幕府執務の様子を今に体感できる極めて価値ある貴重な建物です。

建物そのものには全体に飾りは少なく、ひと昔の昭和の役所建築に通じるものがあります。
印象に残ったところをメモします。

■青海波
玄関正面には、
江戸時代に流行した青海波が描かれています。
今目にするのは復元。

原物は蔵で見学できこのようです。

江戸時代にはこのようだったようです。

 
■嵐山の間
江戸から派遣された代官・郡代とその家族が居住した役宅で、今でいう官舎です。
建物のは3階建ては当時珍しく、町の監視の意味合いもあったようです。
西本願寺の飛雲閣を彷彿させます。 

奥には茶室もあり、飾りが少ない高山陣屋において、華のある場所でもあります。


嵐山奥にある茶室。


■居間

嵐山の間の横の居間。


■ 大広間
年始をはじめとした重要な年中行事などで使用された書院造りの部屋。49畳敷の3部屋続きで、高山陣屋内で最大の広さです。