先日、私が担当してから30年近くなるお客様からお問い合わせを頂きました。
「当社はジェーピーインクさんからブリスターを仕入れているが、当社の指定委託先は日本真空包装さんから
仕入れているそうですね。ジェーピーさんと日本真空包装さんはどんな関係?」
何となく明らかになっているようでぼんやりしているこの両社の関係について十分ご説明が出来ていないかも
しれませんので改めてご説明させて頂きます。
簡単に言えば、日本真空包装機械㈱=メーカー
㈱ジェーピーインク =販売会社 となります。
日本真空包装機械㈱は1958年の登記以来、基本的には営業部門を持っておりませんでした。
その理由は創業者が「当社は他に無いものを作っているので営業に行く必要は無い。お客様が来てくれる。」
と主張し、営業部門を持たなかった為に、営業部門がありませんでした。
私は創業者の息子として育ちましたが次男と言う事もあり、会社を継ぐことは考えず外に出て就職し、
とある文具メーカーの事務用家具の営業として採用されてから、その文具メーカーのアメリカの現地法人に
転勤しました。
子供の頃から海外で働いて生活する事が夢でしたので、正に「夢がかなって海外勤務」と思わずなって、
アメリカ駐在生活を楽しんでおりましたが、アメリカに渡って4年目に急に日本の父親から電話が頻繁に掛かる様になりました。
私がアメリカ勤務になったタイミングは丁度、アメリカのバブルが崩壊した翌年の事であり、50歳を過ぎた
方でしたら覚えてられるかも知れませんが、ロックフェラーセンターを日本企業(三菱地所だったかな?)が購入したり、
「JAPAN AS NO.1」と言う本が出版されたりと、日本がバブルで膨らむ途中の絶好調で有頂天となっている
タイミング(=アメリカがバブルがはじけてアメリカ全体が落ち込んでいる時)で赴任しました。
それから3年が経過し、今度は日本のバブルが弾けてしまい、皆様ご存知の「失われた20年」のスタートとなり、
その頃から
「日本に戻って来て営業をして欲しい」 と父親からアメリカに頻繁に電話が入るようになりました。
私と父親は、親子としては特に仲が悪かった訳ではありませんでしたが、経営者と部下としては「水と油」と言えるぐらい
考え方が異なり、反りが合いませんでした。
私が家業を辞めて一般の会社に就職したのも、それが原因でしたので、父親の下で部下として働くことは出来ないと
思っておりましたので、「日本真空包装機械」とは別の「ジェーピーインク」と言う会社で営業部門をスタートさせた事が、
ジェーピーインクの始まりです。
もう一つの理由は「日本真空包装機械㈱」と社名に「機械」が入ってた為に、ブリスター成形やクリアケースの包装資材を
売るには不利?と感じ、社名から売っている「製品」のイメージが湧きにくい、何でも販売出来る社名にしたかったからです。
更にもう一つの隠された理由は
「ジェーピーインク」で受注してきた包装資材製品を「日本真空包装機械」で作ってもらいましたが、
日本真空包装機械の社長である父親に対して
「私はお客だぞ!お客の要求する品質、納期対応をしなさいよ」と言える立場になる必要があると考えたからです。
創業者である父は、また昭和33年(1958年)登記の時代は、製品は古新聞んで製品を包んでいたころでしたので、
高級(に見えたんでしょうね)な「透明樹脂包装」を売り込んで高度経済成長期を経験したことも有り、
自分中心の見方しかできませんでした。
そんな自己中心の経営者の考え方を
「生産者の立場中心」 から 「お客様の要求に合わせた対応中心」 へと変える必要があると考えたのも会社を二つに
分けた理由でもあります。
創業者の父親も既に他界してしまっていて、
日本真空包装機械㈱の社長も㈱ジェーピーインクの社長も私が兼任している今となっては、
会社を二つに分ける理由は無いのですが、どちらの会社も業界ではそこそこ社名が知られてしまっているので
何となく一つにまとめる事もなく今に至っております。
決して「利益隠し」や「損失隠し」の為に会社を分けているのではありませんので、誤解の無いようにお願いします。
その疑いを持たれないように、今年の2018年から両社の決算を同じ月(6月)に統一しておりますので、
ご理解下さい。
今後とも、日本真空包装機械株式会社と株式会社ジェーピーインクをご愛顧頂ければ幸いです。
宜しくお願い致します。
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