相討ちと果てた | 0.0のブログ

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槌Zけ落ちていき、相討ちと果てた。
染む紫の雲の上まで

 設楽ヶ原決戦の敢行が決定されたのち、本陣をあとにした四人の将は降りしきる夜雨の中、ひそかに大通寺山に集った。
 馬場美濃守信春。
 内藤修理亮昌豊。
 山県三郎兵衛尉昌景。
 土屋右兵衛尉昌次。
 取り立てて何かを仕出かそうとしているわけではなく、むしろ、誰かが誰かに呼びかけたわけでもなかった。なぜか自然に、足が馬場美濃の陣屋に向いたのである。
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 そして、今更、決戦を回避させようと息巻くわけでもなかった。何を口にしても、愚痴になってしまうことはわかりきっている。どうすることもできなかったことへの悲しみ、ただそれだけに無言のままに打ちひしがれている。
「せっかくだから、盃でも交わすかの」
 と、しおれた空気を嫌ってか、馬場美濃が最年長者らしい飄々とした物言いで提案した。無論、死に盃である。
 馬場美濃は従者に命じ、盃を用意させ、大通寺の井戸から水を汲んでこさせた。ほどなく戻ってきた従者は馬場美濃の意図を把握してか、涙で表情を潰しながら各将が手にする盃に水を注いでいく。
「おやかた様が逝かれてしまったとき、わしも後を追おうとしたのだが」
 しかし、馬場美濃は笑みを浮かべている。
「石和の源五郎がやけに涼しげな顔で申しおった。死ぬぐらいの覚悟があるならば武田のために働いて死んでみればいかがですか、などと」
 馬場美濃のおどけた調子に、寡黙な修理も無骨な三郎兵衛もくすりと笑った。ただ、彼らより一回り年下の土屋は首を傾げる。
「石和の源五郎とは?」
「高坂弾正殿のことよ」
 三郎兵衛が教えると、土屋は苦笑した顔の前で右手を振った。
「いやいや、勘弁してくだされ。恐れ多いにもほどがあります。聞かなかったことにしましょうか。いや、拙者はこの場にいなかったことにしましょう」
「なんじゃ、平八。普段は口数少ないくせに、弁明となると達者ではないか」
 土屋は顔を真っ赤にさせながらうつむき、三人の宿老たちは笑い立てた。
 ひとしきり笑うと、また、雨の打ちつける音だけに陣屋は静まる。燈台の火が盃の水面にゆらゆらと映り込み、四人はいちようにしてそこにうつむく。
「こうして藹々と語り合うのも、初めてですな」
 修理がしみじみと言う。
「将というより同輩、同輩というより友。そんな感じがいたします」
「そんなもんじゃ。本来、武士団というのはそんなものだったのだ。しかし、それでは立ち行かなくなるから、序列の組織の枠を作らなければならんかった。ただの、結局同じ最後を迎えるとなると、侍大将も足軽雑兵も変わらん。同じいくさ場で同じ思いで死ぬ。何も変わらん」
 そもそも、と、馬場美濃は言葉を繋いだ。
「武田晴信という人が当主になるまでは、わしなんて甲府をうろついている小鼠にすぎんかったのだ。源四郎とてそうだろう。飯富殿の背中を眺めていただけの小倅よ。修理だって、平八だって。所詮は皆、武田でなければ人でもなかった山猿よ」
「左様」
 三郎兵衛がうなずく。
「武田でなければ、拙者どもは将でなかった。おやかた様でなければ、拙者どもが夢を見ることはなかった。京に旗印を打ち立てる。そんな憧れを抱かせてくれて、拙者どもは戦国乱世の果報者だったでしょう」
「そうじゃな。その日の飯も満足に食えずに土くれと化していった者たちが、この世には大勢いるのだからな。わしらは飯どころか、夢さえ見ていたからな」
 彼らはしみじみと思い出す。主君とともに駆け抜けてきた数々の戦場、うなだれながら帰途についた敗北の道、甲府を染める白雪、夕日。
「異国の地に散るのも、また将らしい生き様かな。どちらにしろ、わしらは武田菱のもとでしか死ねん