・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
小中学校の先輩、加藤先生からのバトンを受け取りました加地卓です。
僕の生まれは岐阜県の小さな山々に囲まれた場所にあります。とにかく周りを見渡せば山、山に入れば森。そんな町です。勿論車がなければ生活が出来ない、自転車も急こう配ばかりなので乗れない田舎町。そこで育ちました。
小さいころから都会に出ることが夢で、名古屋が比較的近いことから名古屋に出て将来はテレビに出たいというのが子供のころからの夢でした。大学生になったら劇団か演劇部に入ってテレビの道に行くんだ!と決めていた思いも、高校進学あたりから徐々に現実を見始めて将来はサラリーマンかなと何となく思うようになりました。
大学生になる頃には大学生は遊びサークルでしょ!とすぐに『シーライフ』という夏は海、冬はスキー的なサークルに加入。そこから3年後半まで遊び倒して就職活動→就職という道を選ぼうとしていました。
ただ、サークルに入ったはいいものの自分の人生は一度きり。誰でも歩める道を行くのはどうか・・・と実家の自分の部屋で夕方に思い悩んだ時がありました。夕方だったのを今でも記憶しています。そこで新入生歓迎イベント、入学式でもらった大量のビラをもう一度見直してみようと思い、おもむろにプリントを見直す。その中で一番やりたくないものを選んだら人生ひっくり返るんじゃないかと思ったんです。その中にあったのはそう。『社交ダンス』。どうみても気持ち悪くて、絶対やりたくない、そんな部活。ウリナリ社交ダンス部を小学生の時見ていたころはあんな変な格好して何が楽しいんだ・・・という気持ちで見ていたあの社交ダンスです。
そしてすぐ入部。思いの他楽しかったのと、どうせやるなら勝ちたいと思い頑張っていたら新二年生の大会では学年別でチャンプになっていました。ただ、途中で目標を見失い退部。グダグダな大学生にまた戻ってしまいました。大学生の頃、何となく組んでいたパートナーと4年生の時に記念で出た日本インター、アマチュア100何組中、90何位だったのが悔しくて、日本のトップ12位に入ってパレードに出るんだ!と思い付き上京(本当は働きたくなかった事も理由)。1年半後には一桁に乗る→上京した目的を果たしまた目標を見失う。
ただ、そんな中、怪我をきっかけに踊れなくなる事件が発生。改めて踊ることの楽しさに気づく。そんなこんなでしょっちゅうテレビに出ることになる。そして自分の夢に引き寄せてくれた社交ダンスに恩返しがしたいと自費でラジオを運営することを決意しました。途中めちゃくちゃ端折りましたが、ラジオを立ち上げてからは自分のスタジオを立ち上げ、現在スタッフにも恵まれながらダンサー、またスタジオオーナーとして生活しています。結構いい加減な性格なので頼りになる仲間がいてくれると本当に助かります。という事でどんな形でもラジオを手伝ってもいいよ!という方がいたらメッセージください(笑)



という事でアマチュア時代から知り合い?の八重樫先生、お願いします!
【真・管理人から皆様へ】
(↑クリックしてね)