ショートボブがすごくお似合いで、キラキラした目がとても素敵な泉先生よりご紹介いただきました、
スタジオWITH寺井ダンスカンパニー所属、竹内絵里子と申します。
2年前より、同教室の 山口慎介先生とご縁があり、ペアとして組ませていただいております。
ブログ初投稿になります。

まだJCFのお友達が少ないので、この顔にピン!ときたら110… ではなく(汗)、
声をかけてやってください。 よろしくお願いいたします。
何を書いたら?? やはりダンスのことよね?と 思ったのですが、父の事を書きます。
すみません、今の私には一番大きいことなので。
実は10日前に父が他界いたしました。
人生の殆どにおいて、病気とは無縁の人でしたが、3年前の夏、悪性リンパ腫と診断され、
同時にあと半年という余命宣告を受けました。
あの時は、ちょうど私が以前勤務していた教室の夏のパーティーで、父とワルツのトライアルに
参加する予定でした。 退職後の趣味の一つとしてその2年前からダンスを始めていました。
父も私と踊るのをとても楽しみにレッスンに励んでくれていましたが、即入院。
しかし、病院のスタッフの予想を見事に裏切り、退院してくれました。
が、悪性リンパ腫は、白血病とともに、「血液内科」という診療科の分野になります。
外科が扱う臓器ガンと違い、全身にがん細胞が回るので、完治という用語が使えないそうです。
退院しても、月一度の検査は必須、しかも父の場合、左ももの付け根のリンパ腺に大きなガンが固まった
ままでしたので、以前のようにスタスタ歩くこともできず、介護ベッドを使う羽目になりました。
が、父は頑張りました。 検査の結果、また入院して抗がん剤を打つ、ということを繰り返しましたが、
ちゃんと家に帰ってきてくれました。
これまで、3回、医師たちに「今回は覚悟しておいてください」と言われましたが、そのたびに、
退院してみせました。
私も、父が入院するたびに、リーダーの山口先生には本当に申し訳なかったのですが、
練習を休ませてもらい、月に一度、2泊3日で父のもと(福島市近郊の病院)と母がいる実家へ行っていました。
ちなみに私の実家は福島県の南相馬市で、原発から25キロ地点です。
震災から4年経ち、大分住民も戻り、落ち着きを取り戻しておりますが、父の病気が発覚した時は、
それはひどい有様で、病院は市立病院のみ。
しかも、手術などは一切できず、他の病院に行くしかありませんでした。
現在も、数か月前にやっと常磐自動車道が開通しましたが、JRで帰省はできません。
まだまだ震災の影響は大変なのです。
話がそれました、すみません。
父は病院のベッドにおいて、よくダンスの話をしました。
「この前の競技会はどうだった?」
「リーダー先生とは仲良くやってるか?」
「早く治って約束したワルツ、踊りたいな」
「まだルンバもチャチャチャもできてないし、タンゴも途中だし」
などなど。
そういえば、リハビリで歩く訓練をしていた時、踊らなかったけれど、父とホールドしたことがありましたっけ。
私が今情熱を注いでいるダンスを、父が理解してくれて嬉しかったです。
また、早く治して私とワルツを!と思って頑張ってくれたことも、とても嬉しいです。
父は、逝ってしまいましたが、余命宣告をそのたびに覆してくれた父を、立派だと思いますし、
誇りに思います。
私も、父の娘として恥ずかしくないよう、いつも父が空から見てくれていると思い、
健康であることに感謝し、毎日を無駄にせず頑張ろうと思います。
あ、少しはダンス関係の話になりましたでしょうか??
しんみりした話ですみません!
長々と失礼しました。
次は、JCFに移籍してすぐにお友達になってくださった、青柳ダンスアカデミー、岩田亮二先生の
パートナーである、加崎万智先生にお願いしたいと思います。
ご存知の方も多いと思いますが、万智先生の、周囲への気配り、礼儀正しさは拍手ものです。
万智ちゃん、よろしくお願いします。
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