話題は五つに大別できると思うのでやってみた。


一つ、恋の話。

くっついても別れてもヒートアップ。他人のことになればなる程、盛り上がる。これほど余計なお世話はない。


二つ、仕事の話。

あいつが辞めた、そいつも辞めそう、上司が駄目、会社の方針が駄目。ネガティブな内容なのに話したがる。


三つ、病気の話し。

健康問題は尽きない。くそつまらないが、盛り上がる。


四つ、家庭の話し。

隣の芝生はいつも青いわけではないが、自分んとこの芝生の色は確認しときたい。


五つ、ゴシップ。

樹液の如く甘美。週刊誌がゴシップだらけなのは、需要があるからだ。週刊誌の品性を疑う前に自分を省りみなきゃと思う。
大勢でわいわいするのが好きで、飲み会を主催したり、会話の調子も明るく冗談も言える。

案外にこうゆう人は、個人の付き合いは淡泊だ。

冷たいわけじゃないんだけど。一対多が、一対一として捉えているんだろうか。
自分の中の領域に口出しされるのが嫌いで、だから相手の領域にも踏み込まない。
華やかなようで、実は孤独であるが本人がそれを意識することはない。


逆に社交的でない、というより奥床しい人は個々の付き合いに執着するように思える。

一見淡泊だが、実は腹の底でぐつぐつネチネチ個人との繋がりに執着している。

その個人は具体的な誰それと言うわけでなく、あくまで自分と繋がる個人を見ていて、その人の人格はあまり関心がなく、実に閉鎖的で孤独に思える。


いずれのタイプにしても、ざらついた砂のように気持ち悪い。


やっぱ中間がいい。


しかしコミュニケートが駄目な奴は後者が多い。
それらは意識すれば変えられると思うけど。



ここで何かギャグをいれたいとこだけど、何も出ない。固い調子で終わるのは嫌だ。
しかし眠いからまた今度渧
近年の地球温暖化の議論は、その地球よりも熱しているんじゃないかと思うのです。

温暖化に被せて、エコという概念が流行りだした。
地球環境に優しいというエコという考えは、数年前からメディアに出始めたのではないか。

それまでは、公害や人体に影響を与えるもの、それらに紐づけされるものを中心に考えるのがエコロジーで。

と、そんな印象を持っている。

その流れがアル・ゴアにノーベル賞を授与させた。


他方、温暖化の原因について、二酸化炭素の排出が原因と断定できないと研究者サイドから言われている。

なのに二酸化炭素を主犯とし世界は動き出し、排出権取引や規制がスタートするまで時間はかからなかった。

これらについて、欧州の恣意的な動きだと指摘する人もいる。
アジアの、中国の台頭に対する嫌がらせと、米国の覇権主義の牽制。

とはいえ米国においても前者に関しては意見が一致しているので、一応は乗っかるが京都議定書の欧州主導の案には乗っからない姿勢を出している。


一連の流れで、日本は振り回され得なことはなく損ばかりしていると言われている。
排出権取引はいくら損しているのか。
メディアは大々的に報じない。


地球環境を守るという大儀のもと、政治的な駆け引きは各国の思惑入り乱れ行われている。


最近になり、地球は寒冷化に向かうというニュースを見た。
アメリカの学者が言い出したらしい。


また、ヒマラヤの雪が無くなったという発表は誤りだったというニュースも出た。


どうゆうことだろう。


もし寒冷化の議論がメディアに出始めたら、温暖化問題は外交的操作がありましたと堂々と主張することになる。

寒冷化になれば、今度はエネルギービジネスがピックアップされるのかな。

温暖化ではクリーンエネルギーが注目された。


いずれにしろ、もしこれらが本当ならガイアを無視した人間のエゴの醜さが歴史に残る。


とはいえ民主党の外交には期待できない。

トヨタのリコール問題をネガティブに発信する国土交通大臣の視野の短さに呆れてしまう。

タスクフォースとか言ってた時点でニヤニヤしてしまったがwww