ドイツ・フェアルのベッコフオートメーション本社を訪ねるのは3度目、この3年は毎回どこかが新しくなっている。日本法人の川野社長をして「これが成長企業!」と驚いている。
ただ人は新たなことに目を奪われがちだが、変わらないことにむしろ驚きや気づきがあったりするものだ。
私にとっては、本社の開発会議室である。理解するのと分かるのとは違う。3度同じ説明を受けても、何かしっくりこない。そんなことが、3度目にして帰国まで心から離れず、帰国してようやく霧が晴れるような感じがした。
それは、会議室に掲げられた2つの「The economist」の言葉で一つ「B♯」。もう一つは「Think someone under the table」である。いずれも心に掛かっていたのは、エコノミスト社が意味するものではなく、社長のハンス氏がどんな思いで掲げたのかである。
もちろん説明は3度受けたが、何かがしっくりとこなかった。「B♯」はやはり音楽的にとらえてみたい。いわば「シ」の半音を上げると「ド」となるわけだが、それでも「シ」を言いたいわけであろう。「シ」といっても「シ」ではなく「ド」なわけである。
禅問答のようになるが、鍵盤のことはよく分からないが、「シ」と「ド」の間には黒鍵がない。つまり介在するものはなく完全に接しているわけでる。人に見立てればどうだろう。
相手のことを考えるのは(忖度とは少々違うが)ビジネスの基本でもあろうし、100%思うことはむずかしく、だが、どこまでも相手の思いに迫ろうとする、その心のベクトルが「B♯」ではなかろうか。
また、それを実現するには実際に生身の相手と接することでえある。強いていえば、肌身を接する機会を持つことであって、われわれの言葉にも「寝食をともにする」とある。ベッコフ社が、私に与えてくれば3度の訪問チャンス(交流プログラム)はまさしくそれである。
そしてもう一つについてだが、商船大時代を思い出す言葉に「Drink someone under the table」がある。単純にいえば「飲み勝つ」という意であり、つまり「考える上では誰よりも上回る」との意だ。
幼少のころによく聞いた父の口癖に、「どんなに時間が掛かってもゴールに至れば皆同じだ」という言葉がある。それを言いかえれば「同じゴールに至っても、かけた時間の違いは残る」ということではないか。「かけた時間」は、つまり「Think」である。
ハンス氏は「閃いたら机の上で踊りなさい!」といったと聞いたが、「考え勝つ」という意味にはどことなく「someone」への思いやりに欠くところがある。だからこそ、はなから「Think」のプロセスの末にゴールに至った歓びをイメージした方がよい、ということではないだろうか。
同じ意味で「Think」するなら、「Think with someone Jump and dancing on the table」の方がよいアイデアも出そうではないだろうか。
こう考えてみれば、2つの言葉が心に掛かっていたというよりは「3度目の正直」となるのは、ハンス氏の人物であり、その思考である。
ゆえに企業家としての彼ではなく、むしろ起業家としての彼であり、その哲学な思考への興味が強くなってきたということなのであろう。我ながら3年を要して、自分の心を知ることの難しさをあらためて感じた次第である。