雨潸々と この身に落ちて
わずかばかりの運の悪さを
恨んだりして
人は悲しい 悲しいものですね
それでも過去たちは
優しく睫毛に憩う
人生て 不思議なものですね
風散々と この身に荒れて
思い通りにならない夢を
失くしたりして
人はか弱い か弱いものですね
それでも未来たちは
人待ち顔をして微笑む
人生て うれしいものですね
愛燦々と この身に降って
心密かなうれしい涙を
流したりして
人はかわいい かわいいものですね
あああ 過去たちは
優しくまつげに行こう
人生て 不思議なものですね
ああ 未来たちは
人待ち顔をして微笑む
人生て うれしいものですね

 

 

いい歌は人生の節目節目に心に蘇るものですね。
人もこの地上の生物である以上、人生と自然とは不可分。
いや、不可分というだけではなく、不思議に連動している。

雨は「潸々と この身に落ちて」
風は「散々と この身に荒れて」
そして、
愛は「燦々と この身に降って」

雨や風は、苦しみや悲しみ、弱さの擬人ですね。
では、「愛」は何の擬人でしょうか。
擬人というのも変なのですが、燦々とこの身に降るのは…。
世界を明るく照らす、陽光でしょうか。

でも、不思議なもので「雨」にも「風」にも感情はなく、
それらに接したとき、その表われる感情は「この身」の内からわくものです。
雨や風と、陽光との違いは、感情の中身というよりも、
その触れたときの表れ方にあるような気がします。
「ふい」に表われる感情と、
「心密か」に、じんわりと表われる感情との違い?

何が、そうさせるのか?
それが人の、また人生の不思議なところなのかもしれません。

ふいに悲しみに胸が占められても、
「それでも過去たちは 優しく睫毛に憩う」
一時的に過去を悔やむことや恨めしく思うこともあるでしょう。
でも、その過去にたくさんの愛を注がれて、
今があることは「この身」が知っています。

ふいに人の弱さに心が苛まれても、
「それでも未来たちは 人待ち顔をして微笑む」
「微笑む」とは一体、何がうれしいのでしょうね?
そんなあなたを愛し、期待し、再び立ち直るその日を、
温かな眼差しでじっと待っている未来がある。

「愛」の深い根は信頼です。
その愛を感じ、信頼の根でつながったとき、
理由のないうれしい涙が湧くのではないでしょうか。

「人はかわいい かわいいものですね」
自然はきっとそう思っていると、私は思います。