数か月ぶりに、知人から返信のメールがきました。
「ご無沙汰を致しております。
ご案内をありがとうございます。
小生月初より夏休みドッグ入りを致しており
今回のご案内の対応が出来ません事をお詫び致します。
もう秋ですね」
唐突な返信と、ドッグにしては長いなと思い、
その返信に返信したところ、
「ご連絡ありがとうございます。
9月1日から10月30日の2ヶ月間は病院に
つながれておりまして、11月つかの間の退院、
勤務についております。
悪性腫瘍のため、死の淵を彷徨っておりました。
足のすねにできたおできが実は諸悪の根源で
摘出手術と皮膚移植の治療を致しておりました。
今更、ガンでは驚きも悲しみもしないのですが
2ヶ月はさすがにやる気をなくさせます。
そして、来月は第2弾の脾臓摘出手術が待ち受けております。
そんなわけで、忘年会はお預けでございます。
元気に行ってまいります」
何とも受け止めようがありません。
ただ最近思うことは、あまり人の心を考えすぎても仕方ない、
ということです。どんなに考えてもわかるものではありません。
大学時代に、同期にやつの悩み相談にのっていたら、
急に「どうせ、お前に俺の気持ちは分かるか~」と
言い放たれたことがありました。
そのときなぜか冷静に「分からんし、分かりたいとも思わん」と。
なぜなら、大事なことは、他人が気持ちを理解するかどうかではなく、
その悩み(課題)を本人が乗り越えられるかどうかだからです。
そんなふうに言うと、冷たい奴だと思われるかもしれませんね。
高校時代に、よく友人から「連れション」を誘われました。
(「連れション」が分からない人は流してください)
「俺はいきたくない」とか言いますと「冷てえなぁ~」とか言われます。
まぁ、そんな訳で冷たいかどうかの問題ではなく、
心地よく用を足せればいいわけです。
そこで「元気に行ってまいります」といわれたからには、
私としても、「元気があれば何でもできる。迷わずに行けよ。
行けばわかるさ」と返信したわけです。
ただし「戻ってきたら新年会をやりましょう~」とつけ加えて。
自分事だけではありません。人生色々とあるものです。
「ご無沙汰を致しております。
ご案内をありがとうございます。
小生月初より夏休みドッグ入りを致しており
今回のご案内の対応が出来ません事をお詫び致します。
もう秋ですね」
唐突な返信と、ドッグにしては長いなと思い、
その返信に返信したところ、
「ご連絡ありがとうございます。
9月1日から10月30日の2ヶ月間は病院に
つながれておりまして、11月つかの間の退院、
勤務についております。
悪性腫瘍のため、死の淵を彷徨っておりました。
足のすねにできたおできが実は諸悪の根源で
摘出手術と皮膚移植の治療を致しておりました。
今更、ガンでは驚きも悲しみもしないのですが
2ヶ月はさすがにやる気をなくさせます。
そして、来月は第2弾の脾臓摘出手術が待ち受けております。
そんなわけで、忘年会はお預けでございます。
元気に行ってまいります」
何とも受け止めようがありません。
ただ最近思うことは、あまり人の心を考えすぎても仕方ない、
ということです。どんなに考えてもわかるものではありません。
大学時代に、同期にやつの悩み相談にのっていたら、
急に「どうせ、お前に俺の気持ちは分かるか~」と
言い放たれたことがありました。
そのときなぜか冷静に「分からんし、分かりたいとも思わん」と。
なぜなら、大事なことは、他人が気持ちを理解するかどうかではなく、
その悩み(課題)を本人が乗り越えられるかどうかだからです。
そんなふうに言うと、冷たい奴だと思われるかもしれませんね。
高校時代に、よく友人から「連れション」を誘われました。
(「連れション」が分からない人は流してください)
「俺はいきたくない」とか言いますと「冷てえなぁ~」とか言われます。
まぁ、そんな訳で冷たいかどうかの問題ではなく、
心地よく用を足せればいいわけです。
そこで「元気に行ってまいります」といわれたからには、
私としても、「元気があれば何でもできる。迷わずに行けよ。
行けばわかるさ」と返信したわけです。
ただし「戻ってきたら新年会をやりましょう~」とつけ加えて。
自分事だけではありません。人生色々とあるものです。