久しぶりとなります。
先週は展示会視察で、ドイツへ行っていました。
いつも思うことですが、海外で自国を見つめ直すことは必要です。
また旅を友にする同士の存在は貴重です。
今回も旅の友に恵まれて、随分と助けられました。
ケルンに宿泊し、旅の最後に大聖堂を見学しました。
堂内の見学中のこと、後ろから2人ずれのおばあさんに
「入口にあなたの国の言葉での案内のしおりがありますよ」と
優しい慈顔で声を掛けられました。
御礼を言い、さっそく行ってみると日本語版の案内がありました。
そのすぐ脇には、寄付金を入れる箱があり、2ユーロコインを入れました。
おばあさんは、僕に「寄付をしなさい」と言いたかったのでしょう。
もちろん大聖堂の修復等に使用される「寄付金」ですが、
それ以上に、“迷える子羊”を神の御心に近づけたかったのでしょう。
あの慈顔は、まさしく使徒として役割を果したという、
神の御心に包まれた実感なのではないかと思いました。
迷っていたのは堂内ですが、確かに僕は「ひつじ年」生まれです。
しかも、ドイツ人男性からすれば「小」であることは間違いありません。
冗談はともかくも、国や人種・性別・年齢を超えた、
人として何か温かいものに触れた気がしました。
ドイツの5月は例年になく肌寒い気候となっただけに…。
先週は展示会視察で、ドイツへ行っていました。
いつも思うことですが、海外で自国を見つめ直すことは必要です。
また旅を友にする同士の存在は貴重です。
今回も旅の友に恵まれて、随分と助けられました。
ケルンに宿泊し、旅の最後に大聖堂を見学しました。
堂内の見学中のこと、後ろから2人ずれのおばあさんに
「入口にあなたの国の言葉での案内のしおりがありますよ」と
優しい慈顔で声を掛けられました。
御礼を言い、さっそく行ってみると日本語版の案内がありました。
そのすぐ脇には、寄付金を入れる箱があり、2ユーロコインを入れました。
おばあさんは、僕に「寄付をしなさい」と言いたかったのでしょう。
もちろん大聖堂の修復等に使用される「寄付金」ですが、
それ以上に、“迷える子羊”を神の御心に近づけたかったのでしょう。
あの慈顔は、まさしく使徒として役割を果したという、
神の御心に包まれた実感なのではないかと思いました。
迷っていたのは堂内ですが、確かに僕は「ひつじ年」生まれです。
しかも、ドイツ人男性からすれば「小」であることは間違いありません。
冗談はともかくも、国や人種・性別・年齢を超えた、
人として何か温かいものに触れた気がしました。
ドイツの5月は例年になく肌寒い気候となっただけに…。