日本人はモノに対する思いが深い。
日曜日などに洗車する姿をみるのはたぶん日本だけだろう。

私も、幼少から自転車に対する思いが深い。
それは思い出に由来することが大きいのかもしれないが、
小学生のときに「自転車」という詩を書いたことがある。
それを十年ほど前に思い出し、書き改めて
産経新聞の「朝の詩」に投稿したことがある。
すると一面題字横の「朝の詩」に掲載され、
しかも、その月の月間最優秀賞をいただき、大変に驚いた。

そんな気持ちも段々と薄れつつあるのか。
昨年、今年と2年つづけて自転車が撤去されてしまった。
めったに行かない場所で、半日ほど路上駐輪したスキである。
年一回は多いか少ないかは取りようだが、狙い撃ちのような感だ。
まぁ、自業自得だからしょうがないことではある。

結構な手数料と引き取り先(保管場所)が少々遠いこともあり、
かつ自転車も古くなったから、このまま放置も考えていたら、
「処分するならちゃんと処分し、このまま放置だと可哀そう」
といわれて「確かにそうだな」と思い、引き取りに行ってきた。

だだっ広い保管場所に放置自転車が7割がたは埋まっている。
案内の人に「この辺では」といわれて、すぐに見つけた。
その見つけた瞬間、自転車が何ともふてくされているように見えた。
そして事務所まで待ってきてもらい、手続きを終えて
手渡されて連れ帰るときには、何だか嬉しそうな感じがした。

撤去されてから約2週間、モノとして見ていた自転車に、
再び情が戻ってきた気がした。
本当に「受けとりに来てよかった」と心から思った。