這えば立て  立てば歩めの 親心、に下句の
 わが身につもる 老いを忘れて、がつづくことはご存知でしたか。

子どもの成長に、我が身の老いを忘れるということでしょうか。
それとも老いの焦りから、一日も早い成長をこいねがうというものか。
いずれにしても、親の熱い目が子どもには注がれています。

「這えば立て」、と滞りなく成長してくれればいいですが、
一つ一つとは言わないまでも、どこかここかで躓いて倒れたり、
もたもたとして進まない時もあるものです。特に男の子は。
「老いを忘れて」とは、文字通り“歳を忘れて”ということもありますが、
歳とはこれまで経てきた経験でもあり、自らも少し立ち止まり、
過去を振り返ってみれば、誰もがもたもたした経験はあるものです。

いずれは、もたもたを越えて先に進む。進まねばなりません。
いつまでも這ってばかりはいないし、立ってばかりもいません。
ならば、多少人より遅くても這うも立つもわずかの間、
苦しみがともなうものであっても、
しばしその間を楽しんでみることも、けしてマイナスではない。

少年の頃、よく父親が言っていました。
スタートすれば、あとはゴールを目指せばいいだけ、
その間にどんな回り道をしようと、時間が掛ろうと、
ゴールまでたどり着けばみんな同じである、と。

同郷の偉人に福沢諭吉さんがいますが、彼の有名な言葉に
「天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」とあります。
これは、何も天の下での人の平等を言ったものではなく、
「学ぶ」ことにおいての平等と大切さを言ったものです。
誰もが意志と努力があれば「学ぶ」ことができる。
だから「学問のすすめ」という自著の冒頭にかかれたのでしょう。