先日、NHKの特番を観ていたら、
「ヨイトマケ」の美輪明宏さんと黒柳徹子さんがゲストでした。
ほぼ同年代で、色んな意味でここまで生き残ってきただけ、
その異様ぶりは、違う生物のようにも見えました。
(ちょっと失礼な言い方で恐縮です)
ただ御二人の話を聴いていると、度々「生き残った」との言葉と、
その理由(意味)のようなことを語られており、
そのことを強く意識していることが、なぜか新鮮に感じられました。
美輪さんの「黒蜥蜴」についての話しの中で、
司会者から「プロとは?」との質問がありました。
美輪さんは「私はたばこもお酒も止めました」と、
今は自宅と劇場の往復をしているようなものだと話され、
「何かを得るには、何かを捨てないとだめ」と言われました。
すると隣の黒柳さんが、オペラ歌手のマリア・カラスさんから聞いた
「必要なのは修錬と勇気、あとは全てごみ」との言葉を紹介されました。
そこまで至れるのかがプロとアマの違いでしょう。
本当にすごい、凄みのある言葉であると思います。
その言葉通りに生きた御二人だからこその異様であり、
凄みを感じさせるのでしょう。
司会者は「なぜ今、『ヨイトマケ』?」とも聞いていましたが、
何だか分らない(理解でききない)が、
その凄みは誰しもが感じているのでしょう。
小学生五年生の時に、
担任の先生が「真剣の意味が分かりますか?」と聞きました。
今思えば、よくも小学生に聞くものだと思いますが、
先生は言いました。
「それは、眉間に真剣(日本刀)を突き付けられている状態です」と。
どうでしょうか。想像できますか。
それが、あの頃はそれを何度も想像してみました。
「凄み」とはそんな感じではないでしょうか。
身に迫る、いや命にも及ぶと思える「生」の実感だと思います。
ある意味で、怖さをともなうものではありますが、
誰しも、まやかしの世にへきへきし、
ヒシヒシとした「生」の実感を求めているのではないでしょうか。
それには、やはり「修錬と勇気」が必要です。
そして、一度は「それ以外は全てごみ」と思うほど、
真剣に生きてみることも。
「ヨイトマケ」の美輪明宏さんと黒柳徹子さんがゲストでした。
ほぼ同年代で、色んな意味でここまで生き残ってきただけ、
その異様ぶりは、違う生物のようにも見えました。
(ちょっと失礼な言い方で恐縮です)
ただ御二人の話を聴いていると、度々「生き残った」との言葉と、
その理由(意味)のようなことを語られており、
そのことを強く意識していることが、なぜか新鮮に感じられました。
美輪さんの「黒蜥蜴」についての話しの中で、
司会者から「プロとは?」との質問がありました。
美輪さんは「私はたばこもお酒も止めました」と、
今は自宅と劇場の往復をしているようなものだと話され、
「何かを得るには、何かを捨てないとだめ」と言われました。
すると隣の黒柳さんが、オペラ歌手のマリア・カラスさんから聞いた
「必要なのは修錬と勇気、あとは全てごみ」との言葉を紹介されました。
そこまで至れるのかがプロとアマの違いでしょう。
本当にすごい、凄みのある言葉であると思います。
その言葉通りに生きた御二人だからこその異様であり、
凄みを感じさせるのでしょう。
司会者は「なぜ今、『ヨイトマケ』?」とも聞いていましたが、
何だか分らない(理解でききない)が、
その凄みは誰しもが感じているのでしょう。
小学生五年生の時に、
担任の先生が「真剣の意味が分かりますか?」と聞きました。
今思えば、よくも小学生に聞くものだと思いますが、
先生は言いました。
「それは、眉間に真剣(日本刀)を突き付けられている状態です」と。
どうでしょうか。想像できますか。
それが、あの頃はそれを何度も想像してみました。
「凄み」とはそんな感じではないでしょうか。
身に迫る、いや命にも及ぶと思える「生」の実感だと思います。
ある意味で、怖さをともなうものではありますが、
誰しも、まやかしの世にへきへきし、
ヒシヒシとした「生」の実感を求めているのではないでしょうか。
それには、やはり「修錬と勇気」が必要です。
そして、一度は「それ以外は全てごみ」と思うほど、
真剣に生きてみることも。