今度のようなことが起ったの は、じつに残念だが、
しかし、これは、全然予期しなかった事がらではないのだ。
この事があったからといっても、今さら、がっかりするようでは、
はずかしいと思う。ぼくらは理想をかかげて立ったのだ。
その理想が、すぐにも実現すると思うのは、甘い考えだ。
なんどもぎ取られても、なんど妨害されても、
ぼくらは、この仕事を続けてゆくべきだと思う。
それは、たしかに骨の折れる仕事だ。根気のいる仕事だ。
しかし、そこにこそ、ぼくらの立ち上がった精神があるのではないだろうか。
これは、山本有三さんが「心に太陽を持て」で紹介している中学生の言葉だ。
昭和22年頃に長野県飯田市でのエピソードで、
大火後の復興で中学生たちが防火道路に、
街路樹としてリンゴの木を植えるというものである。
リンゴの木を育てることも困難だが、
心ない人たちの妨害やリンゴの実を盗むという行為に直面し、
その対策を話合う学友会での発言である。
中学生とは思えない。また時代を超えて今ほど、心揺さぶる言葉である。
政治でもいい、経営でもいい、社会でもいい、
ましてや、われわれは「3・11」からの復興を目の前にしているのだ。
なぜ、こんな清々しい心や言葉を目の当りにすることがないのだろう。
中学生にできて、大人にできないことはないだろう。
しかし、これは、全然予期しなかった事がらではないのだ。
この事があったからといっても、今さら、がっかりするようでは、
はずかしいと思う。ぼくらは理想をかかげて立ったのだ。
その理想が、すぐにも実現すると思うのは、甘い考えだ。
なんどもぎ取られても、なんど妨害されても、
ぼくらは、この仕事を続けてゆくべきだと思う。
それは、たしかに骨の折れる仕事だ。根気のいる仕事だ。
しかし、そこにこそ、ぼくらの立ち上がった精神があるのではないだろうか。
これは、山本有三さんが「心に太陽を持て」で紹介している中学生の言葉だ。
昭和22年頃に長野県飯田市でのエピソードで、
大火後の復興で中学生たちが防火道路に、
街路樹としてリンゴの木を植えるというものである。
リンゴの木を育てることも困難だが、
心ない人たちの妨害やリンゴの実を盗むという行為に直面し、
その対策を話合う学友会での発言である。
中学生とは思えない。また時代を超えて今ほど、心揺さぶる言葉である。
政治でもいい、経営でもいい、社会でもいい、
ましてや、われわれは「3・11」からの復興を目の前にしているのだ。
なぜ、こんな清々しい心や言葉を目の当りにすることがないのだろう。
中学生にできて、大人にできないことはないだろう。