大学時代、同期の一人があることで窮地に立たされ、
その人が変ったような必死の姿に接した時に、
つい「常日頃の努力が大切だ」という旨の言葉を言ってしまた。
するとそばにいた先輩が、
「確かにその通りだが、毎日コンスタントに滔々と努力し続けることは難しい。
 だから、どんな機会にしろ、発奮した時にしゃにむに努力を貯めておけば、
 いつか、それによって救われる時が来る」と言ってくれました。
すぐには胸に落ちなかったのですが、
歳を重ねるとともに、出来事を重ねる度に思い出し、
心肝に染み入ってくるようになりました。

人生は全く予定通りには進まない。ついつい思わぬことが起こるもの。
それを悠然と見下ろして楽しむ境涯にはなかなか至らず、
その時々に右往左往を繰り返しながら、発奮しては前のめりに汗を流している。
滔々とした川の流れのようにはいかぬもので、
「三歩進んで二歩さがる」の繰り返しの中で、
あきらめずに一歩ずつ前に歩みを運ぶことが、
長い目でみれば「滔々とした川の流れ」にみえるのかもしれませんね。

「●●三昧」という言葉がありますが、
たぶん「●●」にどんな出来事が来ようとも、
その時にしかできないこととして存分に浸り、「楽しむ」とまではいかずとも、
味わい尽くす、考え尽くす、やり尽くす、ということではないだろうか。
今は何三昧だろう~。