時代変化の節目、大きく世代交代が進む中で、
同じ思いでいる人も少なくないと思いますので、
再び「そば屋の旦那衆」から1つのエピソードを引用してみたい。
著者の藤村和夫さんは、そば屋の老舗先輩たちに
数多くの聞き取り取材をしています。
「平成」になる直前に発刊された本ですが、
この取材を終えられた後から発刊までの間に、なんと
取材相手のすべて亡くなられたとのことです。
その点は“今”とよく似ています。亡くならないまでも“リタイア”が進んでいますね。
さて、社会に残って踏ん張らなければならない人たちの思いとして曰く
「親父が死んでからマスコミにたたかれましてね。単行本にまで書かれました。
『並木ももたついている』とか『親父が死んでからどうしようもない』とか、
散々といわれました。
親父が生きている頃の経験ですが、私が三越の店を引き継いだ時、どう汁を
取っても前の店の三越で違うっていうんです。
それがしゃくにさわって重ボーメ計を使ったんですが、当時、
ボーメ計で13度ありました。それで『あなた方は違うっていうけれど、
甘い辛いは舌でみりゃわかるだろう。力があるかないかもわかるだろう。
その裏づけとして、昔も13度、今も13度なんだから、
あまりつまらないことをいうな』とけんかしたことがありますが、
それと同じですね。親父が帳簿にいて『いらしゃーい』といえば
お客はそれで安心しちゃうんです。三越の玄関のライオンと同じですよ」と。
そして、こう結んでいます。
「のれんを継ぎ、しっかりとした親父を持っていたものは、
そのあとをやるのに普通にやっていたんじゃ駄目ですね。
更にいっそうの努力をしなくちゃ。これはのれんを継ぐものの宿命ですね」と。
サントリー創業者の鳥居さんが遺した、
あの有名な「やってみなはれ!」との言葉は実は対となる言葉があり、
彼を継ぐ佐治さんが、それに応えた言葉です。
それは「見ていておくんなはれ!」です。
時代の転換、世代の交代はこうあってほしいですね。
同じ思いでいる人も少なくないと思いますので、
再び「そば屋の旦那衆」から1つのエピソードを引用してみたい。
著者の藤村和夫さんは、そば屋の老舗先輩たちに
数多くの聞き取り取材をしています。
「平成」になる直前に発刊された本ですが、
この取材を終えられた後から発刊までの間に、なんと
取材相手のすべて亡くなられたとのことです。
その点は“今”とよく似ています。亡くならないまでも“リタイア”が進んでいますね。
さて、社会に残って踏ん張らなければならない人たちの思いとして曰く
「親父が死んでからマスコミにたたかれましてね。単行本にまで書かれました。
『並木ももたついている』とか『親父が死んでからどうしようもない』とか、
散々といわれました。
親父が生きている頃の経験ですが、私が三越の店を引き継いだ時、どう汁を
取っても前の店の三越で違うっていうんです。
それがしゃくにさわって重ボーメ計を使ったんですが、当時、
ボーメ計で13度ありました。それで『あなた方は違うっていうけれど、
甘い辛いは舌でみりゃわかるだろう。力があるかないかもわかるだろう。
その裏づけとして、昔も13度、今も13度なんだから、
あまりつまらないことをいうな』とけんかしたことがありますが、
それと同じですね。親父が帳簿にいて『いらしゃーい』といえば
お客はそれで安心しちゃうんです。三越の玄関のライオンと同じですよ」と。
そして、こう結んでいます。
「のれんを継ぎ、しっかりとした親父を持っていたものは、
そのあとをやるのに普通にやっていたんじゃ駄目ですね。
更にいっそうの努力をしなくちゃ。これはのれんを継ぐものの宿命ですね」と。
サントリー創業者の鳥居さんが遺した、
あの有名な「やってみなはれ!」との言葉は実は対となる言葉があり、
彼を継ぐ佐治さんが、それに応えた言葉です。
それは「見ていておくんなはれ!」です。
時代の転換、世代の交代はこうあってほしいですね。