もう1つだけ、筑紫さんの「若き友人たちへ」のメッセージを紹介しておきたい。
それは「私には、大学院にジャーナリズム専門の課程をつくりたいという
望みがありまして」で始まります。
実は、私もいつかどこかの大学に「包装学」を学べる課程をつくりたいという
望みがあります。まぁ、それはさて置くことにして、
筑紫さんは、そのお手本としてニューヨークのコロンビア大学を挙げています。
あの有名なピューリッツアー賞の選考を、
その大学のスクール・オブ・ジャーナリズムが行っているとのことです。

筑紫さんは、そこのある教授が、新入生の最初の授業でする質問を紹介する。
「きみは、戦争を報道するために従軍記者として戦場に出かけたとする。
 取材をしているすぐそばで、一緒に行った兵士が撃たれて倒れた。
 その時きみはどうするか?」と。
この質問は授業の最後にも繰り返されるという。それについて、
筑紫さんは「その教授が言わんとしているのは、こういうことだと思います。
『きみは、どちらを選んだとしても、一生その十字架を背負い続けることになる。
 兵士を助けなかったことで取材はできたかもしれないが、
 では取材を続けた人間に悔いはないかといえば、
 自分が一緒に行動していた兵士を見捨てたことで、この兵士は死ぬかもしれない。
 彼を見捨てたことで、人間としての痛みを背負うことになる。逆に、
 兵士を助けるというヒューマンな行為は、自分本来の事実を世間に伝えるという
 仕事、もしかしたら戦争を早くやめさせられたかもしれない使命を放棄した
 という悔いが残る。どちらを選んだとしても十字架を背負わなきゃならない。
 そういう職業がジャーナリストなんだ』と」書いています。

こんな身に迫るような授業を受けてみたいね、そんな風に思います。
日本にないからこそ、そんな学び場をつくりたかったのだろうが、
「そのアメリカのジャーナリズムが、残念ながら力を失ってきています」
とも言っていす。それだけに、つくる意義を感じていたのでしょう。
これは、果たしてジャーナリズムだけに言えることでしょうか。
私が目指す「包装学」も、
そんな身に迫るリアリティのともなった授業でありたいと思っています。