最近、「尊厳」という言葉の扱い戸惑っている。
日常、あまり使わない言葉であるからか、
だいぶ敷居が高く、何か“天上の言葉”のように、
現実から離れた語感があるからだ。
では、それに代わるような日常的な言葉とはなんだろうか?
そんなことを考えていた時に、ふっと1つの英語が浮かんだ。
それは「dignity」である。
海外ではどんな語感を持つのだろうか?
この言葉を聞いたのは比較的に新しく、
あの「3・11」直後にお会いした、外資系企業に勤める方からである。
海外の知人や同僚たちから、「3・11」で示した日本人の姿に対して、
「dignity」との称賛が数多く寄せられている、というものだった。
そのことを思い出すと同時に、「尊厳」とは天上にある美辞ではなく、
日本人の、いや人間の生活に息づいているものだ、ということが、
不思議に胸に落ちたのである。
「尊厳」という言葉をもっと気軽に多用したい、そんな気持ちになっている。
つまりは「尊厳」が日々に感じられる生活であり、社会や国家、世界にしたい。
それは、ある意味で人としての開花ではないだろうか。
言葉が先か、状況が先か、と考えるよりも、
私は私の生業での中で、言葉を使って「尊厳」を体現していきたい。
春になれば、自然に草木が開花するように、人の心が「尊厳」を開花しゆく。
あの最悪に厳しい被災環境にあって、
その「尊厳」を示した日本人たちがいたのだから、
これは確かに私たちとともに生きた言葉である。
日常、あまり使わない言葉であるからか、
だいぶ敷居が高く、何か“天上の言葉”のように、
現実から離れた語感があるからだ。
では、それに代わるような日常的な言葉とはなんだろうか?
そんなことを考えていた時に、ふっと1つの英語が浮かんだ。
それは「dignity」である。
海外ではどんな語感を持つのだろうか?
この言葉を聞いたのは比較的に新しく、
あの「3・11」直後にお会いした、外資系企業に勤める方からである。
海外の知人や同僚たちから、「3・11」で示した日本人の姿に対して、
「dignity」との称賛が数多く寄せられている、というものだった。
そのことを思い出すと同時に、「尊厳」とは天上にある美辞ではなく、
日本人の、いや人間の生活に息づいているものだ、ということが、
不思議に胸に落ちたのである。
「尊厳」という言葉をもっと気軽に多用したい、そんな気持ちになっている。
つまりは「尊厳」が日々に感じられる生活であり、社会や国家、世界にしたい。
それは、ある意味で人としての開花ではないだろうか。
言葉が先か、状況が先か、と考えるよりも、
私は私の生業での中で、言葉を使って「尊厳」を体現していきたい。
春になれば、自然に草木が開花するように、人の心が「尊厳」を開花しゆく。
あの最悪に厳しい被災環境にあって、
その「尊厳」を示した日本人たちがいたのだから、
これは確かに私たちとともに生きた言葉である。