先日、主催者との数名での懇親会がありました。
上はもうすぐ80代、あとは60代~70代と私です。
色んな面白い議論となりました。
議論の内容はともなく、後のメールに大事なことが含まれていると感じ、
私自身、旅後記として残しておきたいと思います。


A)みなさまと同様に慌ただしい日々が続いています。
ゆっくりと落ち着いて考えることの必要性を感じてます。
議論ができる場所と人を持てることは幸せです。
歳を重ねる毎に、ますます健康であってください。
 貴誌パックワールド・スウェーデンパッケージング紀行特集を
拝見しました。包装新技術探索という狙い以外に、その背景となっている諸々
の社会システムにも目を向けたいという私の主張・願いとも良く一致している
表現が多くありました。誰にも一度は行ってみたいと思わせる良い特集記事
です。
 宝坂さんと昨夜のように議論したことは初めてでしたね。
何か先入観ありだったのでしょうか?私の全体ご説明が終わらないうちに、
次々に、しかも「自分の言葉でなければ聴く耳なし」とでもいう反論は、
いささか気になりました。
せっかくいい記事を書かれ、その上、私の主張でもある「新時代を開く女性
たちの集い」をも展開されておられるのですから、次回には、ディベートでは
ないディスカッションができることを期待しています。
 それぞれに立場、経歴は異なっても、共通しているのは、環境の変化や技術の
進化を考えながら、宝坂さんの言葉を借りると、ノーベル賞に値する技術開発と
それを発揮できる社会システムを創造しようという「生涯、包装人」としての
情熱と頑固さを持っているということでしょう。

私)ご丁寧にご感想をいただきありがとうございました。
また、昨夜は大変に失礼を致しました。特に先入観ということはなく、
また有田さんだからというものでもありません。
良きにつけ、悪しきにつけ、議論の展開を色々と考え、試しているところです。
大先輩たちに甘えてたかたちで、少々反省をしています。
 ただ包装のセミナーやシンポジウムのどこを見ても、
同じようなトーンとなっており、若い人たちの興味や関心を引くものではありません。
スウェーデンでのプレゼンにも学ぶところは多く、テーマの取り方や進め方、
何よりも議論を引き出す何かに欠けていると感じています。
 もちろん内容が大事ですが、同じやるなら「おもしろく」というのが、私の思いです。何度か触れましたが、「今」という時は過去と現在との間ではなく、
大きな変化を孕んだ渦中にあると確信しています。何を失っても、この時を逃してはならないという強い思いでおります。

Aさん)本音をいうと、宝坂さんのように、80才の大台に乗った私に
「I don't think so.」といって、議論を仕掛けてくれる次世代・若者に
なかなか巡り会えないのです。私のいう 「next generation」 は、
干支で5周り違うグループがひとつの目標に向かって同じ土俵で
議論している姿です。
 だから、そのような場合には、私はできるだけ自分を抑えて聞き役に
徹するようにしています。一度私のプレゼンを聴いてください。
私は今、「TED スタイル(TED=Technology, Entertainment, and Design)」のプレゼンテーションがどうしたら身につくか、
毎回、自分に問いかけています。
現代は、文字よりも視覚(読むよりも見て分かる)-
スーパープレゼンテーションの一発勝負です。
パッケージも、買い物客との間で同じく一発勝負です。
私も今もそうですが、宝坂さんの年の頃には、あるいはもっと前から
いつも「過激」といわれてきました。

●議論の1つに「サステイナビリティ」か、
「リニューアブル」かというのが挙がりました。

鴨長明の「方丈記」の冒頭
「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず」はあまりに有名ですが、
ふっと先日のサステナビリティとリニューアブルの言葉がだぶりました。
前半の「行く川のながれは絶えずして」は
まさしくサステナビリティを表現したものであり、
後半の「しかも本の水にあらず」はリニューアブルとなるのではないかと。
私見ではありますが、私なりにすんなりと胸に落ちました。
様はどこを見えているのかの違いではないかと思います。
より目に見えぬ価値が大事になってくる時代にあって、
流れを「しかも本の水にあらず」と見ることの大切さを痛感致します。
 次世代とは文字通り、次の世代のことであり、
社会を担うとなれば、やはり30代~40代であることは歴史に必然です。
その意味で20代を感化しながらその活力を引き出し、生かすのは世代を接する30代~40代の使命であり責任です。
ならば、その30代~40代を生かす責任はどの世代にありましょうか。
さらに言えば50代~60代の活力は生かす責任はどこでしょうか。
 話は変わりますが、国交正常化40周年の佳節に、中国との関係悪化が深刻ですが、
やはり世界平和の実現を真剣に考えるならば、隣国との関係良好が必然です。
ノーベルが平和賞だけを隣国に託したのもその狙いでしょう。
遠くを見て嘆いていても仕方がない。要は自らの接点の人であり、
ことであると思います。時を場所を選ばず、どこにあっても
現実「今、ここ」という接点に注力することが、
いわば「維新」の要だと確信しています。
将来に楽観的であるのはその故です。
私の側には世代を超えて、こうして熱く議論ができる人たちがいるからです。
また、みなさんのお陰で新人類を見つけることもできました。
たぶんは、これから急速に広がっていくことでしょう。
 
cさん)非常に面白い議論があり、楽しかったというのが本音です。
これはと思う方々と巡り合えたことは、 私に取りましては、
失礼ですが、大学時代の学生紛争時代を思い出し、血沸き 肉躍る感じがし、
若くなった気がします。
これからも、よろしく、じゃんじゃん、議論をしましょう。

文脈は伝わらないと思いますが、その辺はお許しください。
これによって、
「宝坂は礼儀知らずの過激派だ!」と断定しないでいただければ幸いです。