「ひだるしとをもわば餓鬼道を教えよ、
 寒しといわば八かん地獄を教えよ」との言葉を聞いたことがあるだろうか。
人生には最大の苦境に立たされる時がある。
そんな時、誰もが絶望と不安に胸を塞がれる。
もしそんな人を目の前にして、どんな励ましの言葉を掛けることができるだろうか。

冒頭の言葉は、そんな状況での1つの励ましの仕方である。
納得のいかない人もいるだろうが、
上をみれば切がないのと同じく、下もみても切がない。
自分以上に苦境の中にいる人はたくさんいるということだろう。
良くも悪くも、自分だけが例外ではない。
逆に言えば、一人が苦境から脱する姿は多く人の励みになり、希望にもなる。

あの「3・11」の震災のこんな話を聞いた。
小学校から自宅に戻ると、おじと祖母が行方不明であることを知らされた。
おじの遺体は間もなく見つかったが、祖母の方は見つからない。
遺体安置所に通って捜し続ける。
棺桶が並ぶ中、祖母らしい遺体を1つ1つ確かめていく。
これだけ多くの人たちの死が事実として信じられない。というものだった。
それは、自分だけの悲劇ではないという事実でもあった。

人の心と曖昧に向き合えば、それは自分の心とも同じ。
不思議にも、周囲には自身と向き合わなければならない状況にある人が多い。
つまり、逃げ道を塞がれてしまうのだ。「時」なのであろうか。
前に進むよりなく、乗り越えるよりない。
そんな時、冒頭の言葉は心を鼓舞するものとなる。

そんなことを考えながら生きている大人は、
五歳の男子の眼には一体、どんな風に映るのだろう。
何か残るものがあればよいが…。